前兆にて
尼僧を倒してからはや1ヶ月。
シリウス達は破壊された牧場を再建しつつ森の中で日々、修行をしていた。
真夜中の強襲した悪魔を2体倒せたことに自信を深めつつ、それでも瑠流という仲間内で被害者を出してしまったことに変わりはない。
瑠流の遺体を埋めた墓の前にプロキオンとアンセルが座り拝む。
「瑠流……いや、100階級特進でオカブになったでござるな」
「オカブ……貴女は単独行動が多かったけれど、わたくしはほんの僅かな間だけでも一緒に星々の庭園の隊員として戦えて嬉しかったでございますです」
100階級特進、星々の庭園の正式メンバーになるためには美心に才を認められたことが条件となる。
もちろん、100個もの階級など存在無い。
100階級特進というのはリゲルが考え出した設定に過ぎなかった。
正式メンバーとしてコードネームを与え美心に後日、認めてもらうための口実である。
「さて、拙者達はモンドンの強制労働者の中に入って情報収集でござる。アンセル、瘴気に耐性があるとは言ってもあの場所は悪魔の巣窟でござる。決して油断せぬよう……」
「プロキオン様、分かってございますです。悪魔教、尼僧の日記に書いてあった内容からエゲレスの何処かにその支部の1つがあることは明白。オカブのためにもわたくし、やってみせますでございますです!」
「その意気でござるよ」
牧場近くに設置したキャンプに戻ると何やら子ども達が騒がしい。
「あ、プロキオン。もう良いの?」
「何かあったでござるか?」
「ええ、それがね……尼僧が生きているかもしれないのよ」
シリウスの言葉に2人は耳を疑った。
あの日、異形の怪物へと変わった尼僧はプロキオンの奥義で倒れ、もとの人間の姿に戻り心停止していることを確認。
その後、シリウス達の手によって埋葬された。
「まさか、ゾン兵衛化したでござるか!?」
「墓は内側から掘り返されたような感じだったの。隣に埋葬した根音の遺体は掘り返すと確認できたから尼僧が単独で掘り上げ外に出た可能性が非常に高いわ」
「なんと……1か月近くも土の中に居て生きているはずがなかろう?」
「だから怖いのよ。本当にゾン兵衛となって蘇っていたらこの森の中に居ることは確実」
「新たな被害者が出る前に殺らねばならぬでござるな」
「すでにリゲルとベガがフーユェー《(六華のコードネーム)》とジャッバ《(古織のコードネーム)》・ジーシュイ《穂香のコードネーム》を連れて捜索に向かっているわ」
「他の隊員は待機でござるな」
「ええ、皆が星々の庭園の隊員に相応しい働きをしたことは悪魔との戦いで証明された。私がマスター宛てに任務経過報告書を書いているからモンドン港の近くで届けてくれそうな者をついでに探す予定なの」
「うむ、それがよかろう。では、拙者とアンセルも探してこよう」
「はい! お供させていただきますでございますです!」
「私はここで皆と共にキャンプを守るわ。まだ瓦礫の撤去作業も完璧でないのにこれ以上荒らされるのは勘弁して欲しいからね」
「頼むでござる」
プロキオンはアンセルと共に森の奥へ入って行った。
一方、その頃……。
ジャッピングフォレストから西へ3km地点。
「はぁはぁはぁ……ここまで来れば奴らも追ってこないだろう。くそっ! 私を土の中なんかに埋めやがって! あのメスガキ共めっ! おかげで息ができず死にかけたじゃない! どれくらいの間、意識を失っていた? 数分なのは確実ね。息を何時間も止められるのは人間では無理なのだから」
尼僧は呪物に取り憑かれたことによって身体の構造そのものが変化していた。
戦いで意識を失ったあと、変異細胞が全身へと穏やかに変化していったため復活まで時間がかかったのである。
だが、本人はそのことに気付いていない。
牧場の証拠隠滅を成し遂げたことにより責任は果たせた。
今後も悪魔教四天王としてミストレスのもとで膨大な俸禄をチューチューできることは確実である。
他人の不幸を利用し欲望のまま生きてきた尼僧はその手柄を無くさないために豪華客船に戻ろうとしている。
「本来ならば根音が連絡を取って迎えに来てもらうはずだったのに! あのキモいメスガキ共のせいで連絡手段は断たれた。モンドン港まで行けば悪魔教の者が居るはずだが……くそっ、無性に腹が減る!」
身体の構造が変異していくために膨大なエネルギーを消費したためである。
悪魔教に入信し四天王という地位を得てからは高級な食事だけで済ませてきた尼僧にとって普通の米や小麦が腐ったものとして感じらるほど舌が肥えていた。
「あぁぁ、くそっ! 何でも良いから食べたいが8円以下の食い物など口にするつもりもない!」
明治後期の円相場で表すと8円とは現代では8000円ほどである。
だが、飢えには耐えられない。
「はぁはぁはぁ、おばさん! 助けて!」
モンドンの街の方から1人の子どもが走ってくる。
その身なりを見る限り強制労働者なのは明白だった。
(脱走してきたのか? なんて不幸な……だが男の子か。女の子ならその不幸を利用させてもらうため助けるが……将来、キモいおじさんになることが確定している男に人権など必要ない!)
見捨てようと無視をするがその男の子に何故か視線を奪われる。
見れば見るほど腹の虫が体内で酷く鳴り響くのだ。
そして、意識そのものが変異細胞に侵食されることでこう考えるようになる。
(そうだ、こいつを食えば私の腹が満たされるし、こいつは消化され糞になる。ぎゃははは、こいつは傑作だ! 私の穴から出たこの糞ガキを笑うのは非常に楽しそうだ!)
ガッ!
「お、おばさん!?」
ブシュゥゥゥ!
「うわぁぁぁぁ!」
男の子の腕を掴むとそのままいとも簡単に引き千切る。
そして、男の子の腕を口に運び貪り食う。
その味を何処かで感じたことのある尼僧は突然、記憶を取り戻す。
(こ、これは……そうか! 私は炎の中、呪物に助けられ一命を取り留めたんだった。その後、メスガキ共と戦い瑠流の血を飲んだ。あの味より香味は無いが……これはまだ食べれるほどに美味い!)
「もっとだ! もっと食わせろぉぉぉ!」
「ぎゃぁぁぁ!」
男の子は無惨に肉を喰われ骨だけになる。
子ども1人を食べ終わるまでに1時間とかからなかった。
「ふぅ、これで腹は満たせた。ぷひっ、ぷひひひ。私の腹の中でこいつが糞に変わっていくのがひしひしと感じられるわぁ。後で穴から大量に出して笑ってやる!」
薄ら笑いをしながらモンドン港に行く尼僧は悪魔教の信者と無事会うことができ豪華客船に帰還後、セベリアの日本人牧場で再び身売りの女の子達を家畜として飼うことになった。
そして、森全域を探しても当然見つからないシリウス達は森であることを利用し木々の上にツリーハウスを建てそこで一時の時を過ごした。
プロキオンやアンセルなど工場から出る瘴気に強い者は資本家の工場で強制労働者として潜入捜査し悪魔教の手がかりを探し、気管支の弱いリゲル達は牧場再建や修行に時間を費やした。
そして、数年後……。
牧場を見事再建し星々の庭園エゲレス支部として活動をしていた。
場所は移り春夏秋冬邸……。
「エゲレスに星々の庭園の支部を……さすがシリウスですわ!」
「悪魔教かぁ。そんな悪の組織を設定するなんてシリウス、流石だわ!」
「そういえば、任務報告書に書かれていたあちらで加入した新メンバーをお義母様はどうされるとお思いですか? 比奈乃様」
「うーん、お婆ちゃんなら許可してくれると思うけどなぁ」
(エキストラの子役が約30名か。どこからそんなに集めたのか書いていないけど、エゲレスには可愛い子がいっぱい居るって聞いたことがあるし、私がお願いすれば30人程度なら雇ってくれるはず)
「そうですわよね。アンセル……一度お目にかかりたいですわ。シリウスが認めるほどの腕前、今ならさらに上達していそうで期待の新星ですわね」
比奈乃は嬉しそうに話すレグルスの話に頷きながら手紙の裏に何か書かれていることを発見する。
「あれ、裏にも何か書いてある?」
「これは……日本語ですわね。今までは英語で書かれていたのにここだけ日本語?」
「えとえと……日本の悪魔教総本山は……江戸にあり!?」
「ええっ!?」
「それと……緑のたぬきに注意して? どういう意味なのかな? たぬきって……江戸でたぬき? 家康?」
比奈乃は考えた。
これは日本で起こるイベントをシリウスが画策しているのだと。
エゲレスの悪魔教総本山を攻め滅ぼしたところで比奈乃はそれを見ることができない。
リアルを追求したごっこ遊びだからこそ比奈乃自身にも体験してもらいたいと思ってくれていると結論を出す。
「ふふっ……なるほど。日本の悪魔教は私達に任せるってことね」
ニヤニヤと笑みを浮かべる比奈乃を見てレグルスは理解する。
(比奈乃様の顔つきが変わった!? これは……ゾディアックのアリエスの表情! 遂に……遂にやる気を取り戻してくださいましたのね!? アリエス様! 今度こそ負けませんわよ!)
「レグルス、コード221を発令! 今すぐに全国に散らばった星々の庭園の旧メンバーに京都へ来るよう伝えなさい!」
「えっ!? コード221はすでにお義母様が発令しております。一昨日に松前藩のカカシマヤ秘密地下研究所に居るカペラから連絡がありました」
その言葉を聞いて比奈乃は顔を真っ赤にしつつも1つの考えに至る。
(お婆ちゃんがすでに発令していた!? この手紙をまだお婆ちゃんは読んでいないのに……はっ!? そうか、マスターに任務報告書など無意味! この手紙を見る以前からすべて分かっているという設定なんだわ! かっこいい! それよそれ! そんな展開を待ってたのよ! きゅふふふ……江戸でどれだけのエキストラを雇っているんだろう!? 早く悪魔をぶっ倒したいよぉ!)
江戸浅草にある吉原遊郭。
日本悪魔教の不幸ビジネスの標的となり遊女がすべて駆逐されスラムと化していた。
明治44年4月9日、スラムにある廃墟の一角から広がった吉原大火。
そこから春夏秋冬美心の命運は大きく変わるのであった。




