ボス戦にて2(後編)
「ぷひっ、ひっひひひ! 確かに言われてみると美味そうだ! さぁて、食べるとしたら誰を……」
ドンッ!
何かが尼僧の背後にぶつかる。
尼僧は首を180度回転しお腹の辺りを見下ろすと誰か居る。
「あは、あははは……2度も悪魔と強い繋がりがある尼僧をワカらせることができた。瑠流が、瑠流が2度もワカらせてやった……あれ?」
そこに居たのは瑠流だった。
皆と行動を共にせず1人で木の陰に隠れていた瑠流を尼僧は完全に見逃していた。
そして、やって来たチャンスに背後から瑠流は尼僧にそっと近付きナイフを突き刺したのだ。
だが、よく見るとナイフの刃が尼僧の身体に刺さっていない。
それどころか刃がボロボロになっている。
「ぷひっ、そういえばこのメスガキで私は死にかけたのよね」
ガッ!
尼僧が瑠流の頭を掴み軽々と持ち上げる。
「ひっひぃぃぃ! このっこのっこのっ!」
キンッキンッキンッ
瑠流は必死にナイフを尼僧に突き刺そうとするがまったく刃が通らない。
「うっうぅぅ……瑠流……」
「プロキオン! 良かった、目を覚ましたのね」
プロキオンを貫いた陰陽術は運良く急所を外れていた。
目を覚ましたプロキオンの瞳に映ったのは悪魔に頭を掴まれ持ち上げられている瑠流の姿であった。
瑠流の短剣術に将来を見据えていたプロキオンは傷の激痛に耐え立ち上がる。
「助けねば……瑠流を」
「プロキオン……そうね、ここで怖がっているだけでは前に進めない。みんな、瑠流を助けるわよ!」
「「はいっ!」」
シリウスを先頭に子ども達は自身を鼓舞し尼僧に攻めかかる。
だが、シリウスの格闘術やアンセルの短剣術がまったく通用している気配がしない。
それどこか、ナイフに限っては攻撃をするごとに刃が傷んでいく。
そして……。
パリィン
「シリウス様、ナイフが折れてしまいましたでございますです!」
「こっちも」
「すみませぇぇぇん、ナイフ壊れてしまいましたぁ」
「私の鉄甲も同じよ。どういうこと?」
皆の背後から弓で援護し続けるリゲルはその様子をしっかりと見ていた。
そして一つの仮定を得る。
「みんな、一度下がれ! 尼僧の身体は金剛石と同等の硬度を得ている! 叡智の書で読んだことがあるんだ!」
シリウス達はその言葉に驚愕する。
「金剛石ですって!?」
「そ、そんな……世界で最も硬いとされる金剛石と同等の硬さを得ているって……リゲル様、どういうことでございますです?」
瑠流は未だに尼僧の手から離れることができず無我夢中でナイフを振り続けていた。
「この、この、この! 瑠流が悪魔と強い繋がりがある尼僧をワカらせるんだ!」
尼僧から距離を取るシリウス達を前に尼僧の口が開く。
「ぷひ、ぷひひひひひ! 空色の髪のメスガキ、なかなか鋭いじゃぁないか。そうさね、炭化しちまった私の身体は陰陽術の力で人工ダイアモンド化している! この意味が分かるか、クソガキ共ぉぉぉ!」
グシャッ!
ブシュゥゥゥ!
次の瞬間、尼僧は瑠流の頭を握り潰し首から吹き出る大量の血をまるで給水器に口を近付けて水を飲むかのように自身の体内に血を取り入れていく。
「ぷひっ、うまぁぁぁい。日本人少女の血ってこんなに美味だったのねぇ」
(ふふふ、美味だろう。でも、まだ足りないんじゃない? あと2~3匹くらいいけるでしょ? 『僕ちんが力を取り戻すまであと少し精々利用させてもらうとしよう』)
「そうねぇ、お次はだ・れ・に・し・よ・う・か・な……」
指をシリウス達に順に指し獲物を決める尼僧。
「あ、あ、あ……瑠流ぅぅぅ! 貴様ぁぁぁぁ!」
「プロキオン!」
プロキオンは胸に激痛が走ることも忘れ無我夢中で尼僧に殴りかかる。
「うおおおおおお!」
「ぷひっ。春夏秋冬流、春の型、春一番か。ただ正拳突きを高速で放つ脳筋体術など、このボディには効かんわっ!」
パキッ
プロキオンの怪力と尼僧の硬い身体で鉄甲はすぐに使い物にならなくなる。
だが、プロキオンは我を忘れ尼僧の身体に高速拳を浴びせていく。
「うぉぉぉぉ!」
バキッ……
バキッバキバキバキ……
「……ぷひひ、茶髪のガキ。自分の手の骨が折れていっているのに気付いていないのか?」
ダイアモンドに生身の拳で殴り続けると骨が砕けるのは当然のことである。
だが、プロキオンはただ瑠流を無惨に殺された恨みを晴らすかのように尼僧を殴り続ける。
「プロキオン、もうやめるんだ! それ以上、続けると君の両手が使い物にならなくなる!」
「プロキオン!」
「プロキオン様ぁぁぁ!」
「……怒り心頭で我を忘れているか。ぷひっ、なら茶髪のメスガキ。貴様の頭に上った血を私が美味しく頂いてあげるわぁ」
ガッ!
尼僧がプロキオンの頭を掴む。
だが、プロキオンはひたすら尼僧の身体に正拳突きを加え続ける。
「……おかしい。プロキオンは何か策があるんじゃないか?」
「そんなこと考えるよりプロキオンを助けなきゃ! リゲル、援護して!」
「あ、ああ……」
助けに向かうシリウス達を前にプロキオンは口を開く。
「来るな……まだでござる!」
「プロキオン!?」
「やはり策があるんだ。シリウス、もう少しだけプロキオンに任せよう」
「でも、あの怪力で頭を潰されてしまえば……」
「よく見てみろ、尼僧がプロキオンを持ち上げられていない」
高速で放つ正拳突きによりプロキオンにも反動が起き地面に足がめり込んでいっていることに気付く。
だが、この程度で持ち上げられない尼僧の腕力ではない。
プロキオンの想定通りのことが起きていたのだ。
(マスターの書かれた叡智の書第13部13章13節『るろうにNOUKIN!』 本当に面白くて何度も読んだでござる。そこでのバトル描写も参考になるものばかりでござった。特に今と同じ身体の硬い相手に効く唯一の方法……それを成せるのはこの中では拙者だけでござる!)
「うおおおぉぉぉぉぉ!」
「ぷひひひ、さぁ! ブシュッってりんごみたいにその頭に詰まっている果汁を弾け飛ばしちゃいなさぁい! 美味しく飲んであげるからさぁ!」
尼僧がプロキオンの頭を掴む手にじわじわと力を込み始める。
そして、その時は遂にやって来た。
グラッ
突然、目の前の景色が歪んで見える尼僧。
(な、なんだ!? うっ!)
プロキオンの頭から手を離す尼僧。
ふらふらしながら立っているが立つのも困難になりその場に膝を着いてしまう。
「どういうことだ! 何をした茶髪のメスガキィィィ!」
「いくら表面が硬くても内臓は鍛えられないでござる。だったら激しい振動を内部に響き渡らせ五臓六腑にダメージを負わせる……マスターが拙者だけに指南してくださった奥義でござる」
その言葉を聞いたシリウス達は目が輝いた。
(このような事態が起こることもすでに分かっていらっしゃったとでもいうの!? さすが我がマスターだわ!)
(プロキオンにも奥義を授けていたのか……ふふっ、マスターの考えはいつも僕の上をはるかに進んでいる。いつになったら辿り着けるのやら)
(こ、これがマスターの叡智というものでございますですの!? シリウス様方が畏敬の念を抱くのも分かった気が致しますでございますですの)
「お……奥義……だとっ! ごはっ!」
「それでこれが瑠流の敵の一撃でござるぅぅぅ!」
尼僧の額目掛けて渾身の一撃を放つプロキオン。
そこで奇跡が起こった。
ツルッ!
「あっ……」
ドゴッ!
血だらけの手で正拳突きが尼僧の額に直撃する。
だが、拳が血で滑り一瞬の間に2連撃を入れてしまったのである。
そう、奇跡的に二重の極みが発動した瞬間であった。
(そんな……馬鹿な……僕ちんが!?)
バリィィィン!
呪物である嘯の能面が粉々になり、尼僧は意識を失いその場に倒れる。
「はぁはぁはぁ……やったで……ござる」
「す、凄い。これがプロキオンにお与えくださった奥義!?」
意識的に放ったわけでは無い二重の極みにシリウス達は声を失う。
プロキオン自身も普通に渾身の一撃を放っただけなので何が起きたのか理解できていなかった。
「プロキオン、凄いじゃない!」
「さすがプロキオン様」
シリウス達一同は歓喜に震える。
「ふぇぇ……痛かったよぉ」
吹き飛ばされたベガが森の奥から戻ってくる。
「ベガ、無事だったのね!」
「こちらの被害は瑠流だけか……」
「全然良くない……死人を出してしまったのだから」
「そうでござる。皆、瑠流の供養を……」
朝日が森を照らし真夜中の襲撃を見事撃退できたことに喜びを噛み締めつつ、瑠流の尊い犠牲を胸に悪魔撲滅を決心するシリウスたちであった。




