ボス戦にて2(中編)
「くそっ、手に力が……あっ!」
瀕死状態の尼僧は手に持っていた燭台を落としてしまう。
唐突だが覚えているだろうか。
この地下室には脳筋のプロキオンが火薬をぶち撒けてしまった経緯がある。
その後、シリウスに叱られないようある程度、掃除をして取り除いたとは言え完璧には除去ができなかった。
火薬に蝋燭の火が着火し尼僧もろとも地下室全体に火が一瞬にして回る。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
その火の海を見てシリウスとリゲルは我が目を疑った。
「自分もろとも発火した……だとっ!?」
「まさか、陰陽術!?」
「だとしたらアレは第10境地陰陽術、火焔衣か!?」
「それって自らの身体に炎を纏う熟練者でも扱いが困難な陰陽術なのでは!?」
「ああ、奴は最後の力を振り絞って僕達に襲いかかってくるつもりだ。あの火焔は触れるだけでも蒸発してしまうほどの超高温! 絶対に接近を許すな!」
「「はっ!」」
その話を聞いていたプロキオンとベガは困惑していた。
真面目なプロキオンは誤解を解こうとリゲルに話しかけようとするが……。
「リゲル……えっと、その……あれは……」
チョンチョン
ベガがプロキオンの袖を引っ張り耳元に小声で話す。
「プロキオン、黙ってちゃ分からないよ。シリウスに怒られるの嫌だから黙っておこうよ」
「ええっ? いや……だが、さすがにそれはまずくないでござるか?」
「良いの。だって……ほら、リゲルはいつも通りなだけだし。それにシリウスのお説教をまた受けるなんて怖すぎて……うっうぅぅ」
嘘泣きも得意なベガの涙を見てプロキオンは決意する。
「分かったでござる。ま、確かにシリウスの説教は長すぎるでござるからな」
そうして、リゲルの指示通り地下室から離れ寺全体に火が回る前に各自、自室に置いてある貴重品を持って外に出た。
一方、尼僧は……。
「ぎゃぁぁぁぁ! 誰か誰か助けろぉぉぉ! 根音、何処に居る!? 貴様は守護士だろうが! 早く、私を助けろ!」
尼僧は死の淵に立たされながらも生への執念が深すぎるため意識さえ失うことがなかった。
ただ、出血多量で全身に力が入らなく確実に死は迫っていた。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁ!」
ボゥ……カッ!
ドゴォォォン!
牧場の至る所に隠されている火薬樽に飛び火し寺が吹き飛ぶ。
「うわっ! なんだ、この爆発は?」
「なんて威力……これも陰陽術!?」
「ま、まさか尼僧は死の淵で領域が上がったのかもしれない……」
「そ、そんな……僧正の領域ならまだ勝てる見込みはあったのに……」
「この威力だ。少なくとも明王の領域にまで達しているはず……」
「もしかして、この陰陽術は!?」
「ああ、第10境地陰陽術、爆裂豪炎だろう」
ドゴォォォン!
壁に隠されている火薬樽にも着火し巨大な壁が崩壊する。
「うわっ、みんな走れぇぇぇ!」
証拠隠滅のための自爆装置は爆破も完璧な手順で行われている。
壁の瓦礫は牧場側に倒れ込むよう爆破されシリウス達を押し潰そうと襲いかかる。
皆、必死に走り牧場に入るための唯一の出口である門扉から森へ出る。
ドゴォォォン!
ガラガラガラ!
危機一髪で全員が牧場外へ逃げることができた。
「や、やったでございますです」
「ふぇぇぇん、みんな無事ですみませぇぇぇん!」
喜ぶ六華達とは別にシリウス達はまだ警戒している。
「まだよ、死に際に立たされた奴ほど恐ろしいものはないわ」
「くそっ、やられた! これも尼僧の計算だったんだ!」
突然、リゲルが大きな声を上げる。
「どうしたの?」
「この夜更けに視界の悪い森の中だぞ。奴はそれを狙っていたんだ!」
「そ、そんな……まさか全て尼僧の手の平の上で泳がされていたとでもいうの!?」
「ああ、視界の良い牧場に留まれないよう完璧なタイミングでの爆裂豪炎……僕達は森の中へおびき寄せられたんだ」
「そ、そんな! リゲル様、どうすれば良いでございますですか!?」
慌てふためく隊員達とは別に尼僧の状況になんとなく想像がつくプロキオンとベガは至って冷静だった。
「ベガ、やはりリゲルに伝えるでござるよ」
「でも、でも……シリウスのお説教が……」
「尼僧は今頃、地下室で瓦礫の下敷きになり炎に包まれ炭になっているでござるよ。これ以上、この子達を怖がらせるのは拙者としては看過できないでござる」
プロキオンの真面目な表情にベガもこれ以上我儘を言って困らせまいと静かにうなずく。
「リゲル、少し話があるでござ……」
パァン!
「えっ?」
「がはっ……」
ドサッ……
プロキオンがリゲルの足元に倒れ込む。
「プロキオォォォォン!」
「い、今のは!?」
プロキオンの胸に何かが貫いた後が見える。
機能停止していても防御力の高いボディースーツを着ていないことが仇となったのである。
「ぷひっ、ぷひひひひ……当たったのは誰? 星々の庭園の茶髪のガキか」
「リゲル様、牧場のあった瓦礫の上に誰か居るでございますです!」
目を凝らしてみる皆の表情は徐々に青ざめていく。
「あ、あ、あああ……悪魔だ……」
「あれは尼僧でございますです?」
「賢者の石の力ではなく悪魔化したため、ここでも陰陽術が使えたのか!?」
その姿はもはや人間の体を成していなかった。
身体は全身焼け焦げ炭化し、顔は嘯の能面と一体化し両耳の部分から新しく腕が生えていた。
地下室が爆発した際に尼僧にとって奇跡が起きたのである。
そして、それはプロキオンとベガの責任でもあった。
いらないものを片付ける地下倉庫として活用していた地下室に気味の悪い能面もその辺りに適当に捨て置いたのだ。
それを瓦礫の下で見つけた尼僧はただ生きたいという執念だけで被ることにした。
すると頭の中に声が聞こえる。
(あははは、まさか僕ちんを被る人が居るなんてね。とてもラッキーだよ君は。君には永遠の命を与えよう。これからも生きたいように生きれるよ)
(え、永遠の命!? ああっ、呪物がまたもや私を助けてくれるなんて……ありがとうごうざいます!)
(ふふふ、良いんだよ。君と僕ちんの仲じゃないか。あ、代償とかも必要ないから心配しなくていいよ)
嘯の能面は本音を決して言わない。
呪物にとって人間の体は意識を乗っ取り自身が自由に動くための道具でしか無い。
すべてが真っ赤な嘘であることを尼僧は知らず呪物をその身に受け入れる。
「こ、これが呪物様のお力!?」
(ふふふ、人間以上の力を得たんだから怖いものなしだね。『このオバハン、なかなか精神力があるみたいだな。僕ちんも久しぶりだからまだ身体を乗っ取れるほど呪力が十分じゃない。しばらくは死なない程度に力を与えて様子を見るか』)
そうして自身の身を人外に堕とした尼僧は復活したのである。
「ぷひ、ぷひひひひひ! ひぃっひっひひひ! さぁて、次はどいつを殺るさね!? 金髪のガキか空色の髪のガキか! それとも……」
尼僧の視線がベガに向く。
「阿片の効かない柿色の瞳のガキからかぁ!?」
ドンッ!
その動きは常人離れをしていた。
一瞬にして接近されたベガは尼僧の掌底破を躱すことができず胴体に直撃する。
「けほっ……」
ヒュゥゥゥ
ドゴォォォン!
森の木々を30本ほどその身で受け破壊しながら吹き飛ばされてしまう。
「ベガァァァァ!」
「ベガちゃん!」
圧倒的な力の差を痛感するシリウス達。
「な……なんて女だ!」
「マスターが恐れていた悪魔……これが本当の……無理……無理よ」
そう、本物の悪魔と称してもおかしくない敵と初めて相対したのは今回が初めてなのである。
その恐怖は今までのものと違っていた。
「あー叫んだら腹減ったわ」
(あはは、ふふふ、だったら目の前に餌がいっぱい居るじゃない。日本人の娘の血を取り込むとより強くなれるよ『この僕ちんがね』)
ニチャア
尼僧は不気味な笑みを浮かべ子ども達を見る。




