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テンプレ勇者にあこがれて  作者: 昼神誠
結社結成編
5/263

お姫様ごっこ(前半)

 美心と比奈乃はともに夕食を済ませ風呂に入り寝床に着く。

 そして翌朝……。


「お婆ちゃん、今日ね……今日」


 朝食時、俯いて美心に話しかける比奈乃。


「どうした比奈乃?」


「比奈乃様、式神車の準備は既に済んでおります」


 比奈乃が通っているのは幕府が設立した日本唯一の陰陽道専門学校、7歳から12年間、陰陽道に関する様々なカリキュラムをこなすその学校は一般的な寺子屋とは違い、各藩から推薦を受けた者にしか入学を許されない難関校だ。

 そのため自ずと身分が上である武家が圧倒的に多く卒業者の多くは史実に残る有名武将が大半だった。

 その学校を異例な形で入学し、他の者の追随を許さないほどの成績で常に主席の座を入学から卒業まで明け渡さなかった者として伝説の存在になりつつあるのが美心であった。

 朝食を済ませ制服に着替えた比奈乃を玄関で待つ美心。


「今日はお婆ちゃんも一緒に学校へ行くよ」


「えっ、ほんと!」


 ブォォォ……


「比奈乃、学校は楽しいか?」


「……楽しいかな」


 本来なら比奈乃を運転手に任せておけばいい。

 だが今朝の比奈乃が気がかりであったため今回は特別に付いて行くことにした。

 今では日本の頂点に立つ春夏秋冬財閥も美心が入学した頃には存在しなかった。

 そして美心の両親は藁商人、草鞋や傘などを作り町へ出て売り歩く生活を送っていた貧しい身分だったのだ。

 当然、そのような身分の者が大名のお目にかかり特別入学できる事自体奇跡に近い。

 美心は異世界転生モノの恒例行事とも言える学園編に突入できたことを嬉しく思いつつも、毎日の下らないいじめには飽き飽きしていた。

 武家は欧州で言うところの貴族である。

 貴族が集まる学校に平民が入学、その展開は大抵の異世界転生モノではお約束の主人公か或いは仲間の誰かがいじめに合う描写がある。

 美心は察していたのだ。

 自分の孫である比奈乃はいじめられているのではないか、美心自身が妬まれるほどの成績で卒業したため同じ学校に入学を余儀なくされた息子には迷惑をかけたことを既に経験している。


「美心様、到着しました」


「ああ、少し待っておけ。比奈乃、行くよ」


「うん!」


 学校の校門をくぐり校舎へ入る。

 その道中、誰も挨拶をしてこない。


(これは相当だな。見ろ、あの柱から顔を出しこっちを見てニヤついている女生徒たち。あれは絶対に陰口を叩いている顔だ。俺の比奈乃を悪く言う奴は処刑だ! 後で絶対シメてやる)


 あくまで美心の視点である。

 実際には経済界や政界で顔が広すぎる美心が比奈乃の隣に居ることに児童生徒たちは慄き、誰も声をかけることができないだけであった。


「比奈乃は4年生になったんだったな、今日は実践訓練日か?」


「違うよ、今日は一般教科日なの」


 陰陽道だけを学んでも一般知識が欠如していては社会に出た時に困る。

 そのため寺子屋と同じ普通の学問も週に2日学ぶのがこの学校の方針である。

 

「そうか、これはうっかり相手を丸焦げにしてしまいましたとか出来ないな」


「あはは、何それ? お婆ちゃんがこの学校の通っていた時のこといつか聞かせて欲しいなぁ。そうだ、今日は帰ったらお姫様ごっこしたいの! お婆ちゃん、また後でね!」

 

 教室の中に入る比奈乃。

 美心から離れると友人が比奈乃の周りに集まっていく。


「ヒナちゃん、おはよー」


「ヒナー、昨日の宿題やった?」


 青髪のいかにも優等生っぽい女子学生と赤髪の女子学生が比奈乃に声をかける。

 その後も楽しそうに話を続けていた。


(あれ、友達居るじゃん。元気になったみたいだし、俺の早とちりだったのか?)


 比奈乃に手を振り学校から出る。

 しかし、不安の種は拭えないため式神ドローンを飛ばし比奈乃の教室に忍ばせた。


「ヒナさん、今日の放課後……お、お、お、お、お、俺の庵で一緒に抹茶を」


「君、そこをどきたまえ。やぁ、ヒナくん今日も相変わらずお美しい。今日はお婆様とご登校かね? 早速だが今日の放課後、時間を明けておいてくれるかな? 君を将来の伴侶として父上に報告しなければならないんでね。いや、そんな遠慮することはない。僕の目に叶っただけのことだよ。はっはっはっは!」


 美心が学校から離れたところを見計らっていたかのように上級生の男子学生たちが比奈乃の周りに集まてくる。

 ここは現代で言うところの小中高一貫教育のため上級生は多い。


(なんじゃ、あの男どもは! まるで一輪の花に群がるゴキブリのようにゾロゾロと比奈乃に近付きよって!)


 同じ映像を見ていた運転手が言葉を発する。


「比奈乃様も春夏秋冬財閥の御令嬢ですからなぁ。近寄る者は後を絶ちませんわい」


「信濃条、知っていたのか?」


「はい。私も毎日、比奈乃様の送迎をさせていただいている身。雨の日は傘をさし一緒に教室まで行くこともあります。靴箱に大量のラブレターが入っている日もしばしば……」


(なん……だとっ! そうか、今朝のあの表情は……比奈乃は毎日下心全開で寄ってくるゴキブリ共に飽き飽きしていたのか。比奈乃の学校生活を脅かすゴミ共め! 今すぐ駆除してやるからな、比奈乃!)


 美心は再び妙な勘ぐりをする。

 実際には比奈乃はただ好きなお婆ちゃんと離れるのが嫌な気分だっただけである。

 だが、それも美心が一緒に教室まで来てくれたおかげで解消され、いつもの元気を取り戻した。

 誰にでもたまにある朝のグズりだったのだ。


「信濃条、2人の友人は比奈乃と仲良くしてくれているのか?」


「ええ、1年生の時から親しい関係かと……赤髪の女生徒は京極巴きょうごくともえ、京極家の長女ですな」


(京極家、確か当主は峰山藩の郡代だったか。小藩だが戦国大名の京極家の流れを組んでいるのなら家柄としてはそこそこ。比奈乃と純粋に友人関係を築いてくれているのなら問題はないだろう)


「青髪の女子学生は?」


「あの方は長州藩主のご息女ですな。毛利静もうりしず、近くの学生寮から通っていらっしゃいます。剣術に秀でておいでで学年の中では1、2を争う実力の持ち主だとか……」


(長州……噂に聞く尊皇派の一派ではないか。俺の居た時代では攘夷運動を起こし明治維新を成し得た者を多く排出した藩だ。この異世界では攘夷運動は必要無いほど日本は強国であるが尊王思想は文久辺りから徐々に強くなってきていた。幕府にとって要警戒人物の娘ともなれば比奈乃が居ると危険に巻き込まれる恐れもある。だがボディーガードとしては良い体格をしているしな……少しつついてみるか)


 美心は考えた。

 ゴキブリ(比奈乃に近寄ってくる男子学生)たちの駆除も必要だが、この2人がどれほど比奈乃のことを想ってるのか試練を与えるべきではないか。

 友人であれば自身の命を持ってしても比奈乃を助けるのが真の友情では無いかと。

 ↑美心の勝手な解釈

 

「信濃条、放課後あの2人も一緒に連れてきなさい。比奈乃の大切な友人であるならば少々もてなすのが礼儀であろう」


「はっ、かしこまりました」


 そして放課後……。


「じゃあね、ヒナちゃん」


「御二方、少々よろしいですかな?」


「あ……えっと、ヒナちゃんとこの運転手さん」


 信濃条が教室まで比奈乃を迎えに行く。

 そして今朝の美心の命令通り2人を誘う。


「信濃条、どうしたの?」


「美心様が御二方をもてなしたいと……」


「お婆ちゃんが……えっと、2人ともいい?」


「へぇ、ヒナの家か。お邪魔しても良いのでしたら是非」


「うちもええでー、ヒナちゃんち初めてや」


「わぁ、やったぁ! あ……でも、お姫様ごっこが」


「そういや、ヒナちゃん。今日も上級生からお誘い受け取ったなぁ」


 比奈乃は今朝の男子たちからの返事をまだしていない。

 いつもは放課後に信濃条へそのことを伝え彼の口から断るのが通例となっていた。

 しかし、今回は違っている。

 可愛い孫のためなら何でもする美心が下心全開で比奈乃に集ってくる者たちを目撃してしまった以上、大人しく放っておくはずが無い。

 彼女は帰宅後、すぐに比奈乃に声をかけた男子学生を数名の部下に調べ上げさせ、その家の家禄を幕府との裏取引で大幅減にさせていた。

 

「彼らのことなら問題ありません。明日にでも学校を退学なされるでしょうな」


「?」


 比奈乃はよく分かっていなかったが家禄は武家にとっての給料である。

 それを大幅に減らされた以上、極貧生活は避けて通れない。

 当然、息子を学校へ通わせることなど出来ず働かせることになる。

 美心はゴキブリ(比奈乃へ群がる男子生徒)の家そのものを潰したのだ。

 

「では参りましょう」


 比奈乃は友人2人と一緒に式神車へ乗り信濃条が屋敷へ連れて行く。

 そして道中……事件は起こった。


「わわっ!」


 キキ――!


 突如、信濃条の運転する式神車の前に1人の侍が飛び出す。

 急いでブレーキをかける信濃条。

 そして止まった式神車を数名の侍が取り囲む。


「へへぇ、こいつが春夏秋冬財閥の令嬢かぁ。ガキにしては中々の別嬪さんじゃねぇか」


「ひ、ひぃぃ……どうかお命だけは!」


 車から引きずり出された信濃条は土下座をし侍たちに命乞いをする。

 それを見ていた比奈乃はすぐにある結論に達した。

 

(お友達を初めて誘った今日に限ってこんなことって……あっ、もしかしてお婆ちゃんの仕業? お姫様ごっこしか言わなかったし、まだ準備していないと思ってあたしが囚われのお姫様役だって思ったんだわ。んもう、本当はシンデレラごっこをしたかったのに本当に早とちりなんだから。お婆ちゃんが準備をしてくれたみたいだし、このまま大人しくしていたほうが良さそうね)

 

「貴方たち用があるのはあたしでしょ。信濃条に乱暴しないで早く私を連れていきなさい」


「くっ、こいつら野盗か? 人数が多いな、」


「怖いよぉ、ヒナちゃん」


「大丈夫よ。多分、私を守る側仕え役に選んだと思うから」


「えっ? 側……」


「何のこと?」


「大人しく車の中に居ろ! おい、早く移動するぞ!」


 侍の1人が運転席に乗り式神車を操作する。

 そして京都市の町外れへ消えていった。


 一方その頃……


(よし、あの2人の友情パワーを確かめるにはこれで十分だろう。早く帰ってこないかな比奈乃)


 美心は屋敷に居た。

 野盗による拉致は美心の仕組んだことでは無く偶然の一致だったのだ。

 当然、比奈乃たちが拉致されたことを美心は知らない。

 そして2時間ほど時間は経過する。


(遅い、何をしているんだ! ま、まさか今朝のゴキブリの中に気になる相手でも居たのか比奈乃!? 式神ドローンを帰還させるのが早すぎたか、くそぅ迂闊だった)


「た、たたた大変です! 美心様、比奈乃様がご友人と共に何者かに攫われました! 今しがた、信濃条さんが足を引きずりながら帰ってきて……」


「何だと!」


(も、もしや……今朝のゴキブリの中の誰かが強硬手段に出たのか! だが友人2人も一緒に攫うとは……そうか、この世界の日本では一夫多妻が認められている。比奈乃の友人も側室にしてやるという条件で優しい比奈乃に無理矢理と……なんて下劣な! 許さん、許さんぞぉぉぉ!)


 美心は朝の光景が目に焼き付いていたため再び大きな勘違いをした。

 

「信濃条、無事か!」


「み、美心様……誠に申し訳ございません。車ごと3人を連れ去られ……」


「比奈乃は、比奈乃の乗った車はどの方角へ向かった!?」


「北西の……おそらく鞍馬山かと」


 鞍馬山……かつて山岳修行の場として栄えた山で京都の洛北を代表する霊峰である。

 そこでは近頃奇妙なことが起きていた。

 麓の鞍馬寺から入山をする者が多く、下山をした者と数が合わないことが多発しているというものであった。

 だが、春夏秋冬財閥の情報量は幕府や藩以上である。

 その情報を餌に幕府と裏取引を出来る関係を築いていた。

 

(あそこか……手前の鞍馬寺に防御結界を張り、その奥の貴船神社で下級武士が妙な集会を開いていると報告を受けたな。そ、そうか! 今朝のゴキブリの中に出資者が居るとしたら辻褄が合う!)


 勝手な妄想で辻褄を合わせたことに気が付かない美心。

 

「よし、俺が先行して行ってくる。信濃条はすぐにスターズへ応援を呼び後続の部隊を寄越せ。比奈乃に手を出す輩共は全滅だ!」


 スターズは春夏秋冬財閥の私兵である。

 当然ながら平民が武力を持つことを許さない幕府はそのことを知らない。

 足が付かぬよう生まれつき戦闘能力の高い孤児を集め、美心自身が我が子のように愛情を持って戦闘訓練を施した選りすぐりの娘たちで結成されている。

 社長の座を息子に委ねてから時間に余裕が出来た美心の脳内でふと秘密部隊という設定が美心の厨二病心をくすぐり発足したのがきっかけである。

 その人数はいつの間にか500を超え小さな藩の大名以上に力を持っていたことに美心は気付かないでいた。

 

「す、スターズを遂に使われるのですか。ご拝命承りました」


「うむ、では任せたぞ」


 美心は鞍馬山へ1人、京都の夜道を走り向かっていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] スターズ(殲滅部隊)か…… 一体どんな殺戮、いや活躍をしてくれるのだろう(゜レ゜) 楽しみだね!
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