バトルにて(中編)
「ごほっごほっ!」
「けほっ……」
リゲルとベガが咳をする。
爆発した蒸気自動車に積んでいた石炭が激しく燃え闇夜よりも黒い煙を上げている。
「あの悪魔、まさかこの辺りを瘴気で満たすつもり?」
「ふふっ、なるほど……ごほっごほっ! 悪魔は瘴気の中が最も活動できる領域。これはマズいかもね、げほっ!」
ドドドド……
男が手に持っているドリルに関しシリウスに尋ねるアンセル。
「シリウス様、悪魔が手に持っているのは何ていう武器でございますです?」
「ごめんなさい。私も知らないわ。でも、奴は地中から出てきた。あの形状からして地面を掘る道具では無いのかしら?」
シリウス達が知らないのも無理はない。
男の持つドリルはコンクリートブレーカーに非常に似たものであり、手で持てるサイズの電動式機械などまだ存在しない世界である。
「はっはぁ! この怒裏流を知らねえのも無理はねぇ!」
「怒裏流? ドリルって何?」
「ごほっごほっ! ドリル、叡智の書第12部第9章第2節『兄貴を亡くした俺は宇宙を貫く』に書いてあった最強の武器だ! やはり奴は悪魔……ごほっげほっ!」
ここでまたもや美心の書いた叡智の書により誤解するシリウス達。
「けほけほ、あいつは人間じゃないの? だったら無理だよぉ、けほけほけほ」
「ベガちゃん、しっかりするでございますです!」
シリウスは考えた。
リゲルとベガは瘴気を吸い戦闘力は大幅ダウンしてしまった。
プロキオンは炎の中、生きているかどうか分からない。
一刻も早く確認したいが目の前の悪魔が行く手を阻んでいる。
今、動けるはシリウス自身とアンセルのみ。
(片方が囮になり、もう片方がプロキオンを……でも、あの炎の中で探すことは不可能に近いし何より危険だ。だからといってプロキオンも放っておけないし……)
考えれば考えるほど深みにはまり結論が出ないシリウス。
だが、敵は待っていてくれない。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……げっへへへ! 掘り甲斐のある上玉ばかりじゃねぇか! まずは浅葱色の髪の女からだぁ!」
ギュルンギュルンギュルン!
一瞬で地面に穴を彫り地中に潜り込む男。
しかし、シリウス達は動かなかった。
いや、男の言い放った言葉がシリウス達を一瞬、思考停止させてしまったのだ。
(掘る? ……地面では無くリゲルを? ……どういうことなの!?)
シリウス一同は男の言った意味が分からなかった。
そして、いつもと同じように各々が脳内で解答を得る。
(リゲルが掘られる……きっとリゲルに穴が空いちゃうんだ! 早く早く助けないと……でも、止まらない咳のせいで身体に力が入らないよぉ!)
(悪魔は地面に潜ったでございますです。そこから次の攻撃の対象がリゲル様だとして……おそらくはあの怒裏流とかいう武器で地中から攻撃を? 単純過ぎる攻撃ですがそれ以外に考えられないでございますです)
ギュルンギュルンギュルン!
ドリルがリゲルの真下から飛び出し案の定局部を狙う。
「ごほっごほっ! くそっ、身体に力が……ここまでか」
「はっはぁ、お楽しみターイムキタ――……」
ドゴッ!
アンセルが飛び蹴りを男の脇腹に入れる。
男は吹き飛びつつも体勢を整えアンセルを睨みつけた。
「よくやったわ、アンセル!」
「はいでございますです。しかし、大したダメージは与えらなかったようでございますです」
ギュルンギュルンギュルン!
ドリルが激しく回転し白い煙を上げ爆音を上げた。
「はっはぁ! 貴様、オレを蹴ってくれたな?」
「大事な先輩に傷は付けさせないでございますです!」
「アンセル……」
「ターゲット変更、オレは小豆色の少女を掘る」
「わちたちを掘るって意味が分からないよぉ!」
突如、ベガが大きく叫ぶ。
自身の身体に穴が空くという恐怖心が限界に来てしまった故の叫びだった。
その言葉に男は笑いながら答える。
「げっへへへ、なるほど……幼いてめぇらはまだ知らないのか? オレはこの世のすべてのメスを掘る悪魔! 悪魔教セブンシンズ色欲の根音様だぁ! げっへへへ! 気持ちよく逝かせてやんよぉ、はっはぁ!」
不気味な笑いと共に放つその言葉に、シリウス達は感じたことの無いおぞましい何かを感じた。
「すべてのメスを……掘る悪魔!?」
「ごほっけほっ……あいつ、自分で悪魔だと言ったぞ!」
「うわぁぁぁん、怖いよぉ! 悪魔に掘られるよぉ!」
「メスって……犬や猫にもその怒裏流で貫くでございますですか!?」
「あたぼうよ。オレのドリルは人間専用じゃねぇ。すべてのメス専用なんだぜ、げっへへへ!」
この男、昔はただの女好きだった。
遊郭に大金を使い倒すただの道楽者である。
当然ながら働きもせず毎日女遊びばかりしていたため金に困り山賊に身を落とす。
だが、幕府の山賊狩りで呆気なく捕まった彼は死ぬ前に一度だけでも極上の美女と肉欲に溺れたかった。
だが、獄中にそのような美女は来るはずもない。
来るのは同じ罪人のむさ苦しい男達ばかり。
「ワンッワンッ!」
ある時、どうやって入り込んだのか分からない野良犬が一匹獄中に現れた。
他の男達は脱走しようと鍵を盗んでくるよう野良犬を調教するがうまくいかない。
いずれ、その野良犬を誰も構わなくなるが根音だけは違っていた。
「可愛いな、お前。うん?」
オスの犬にはあるものが無いことに気付いた彼は全身の血液が一箇所に集中するのを感じた。
(雌か……雌? 雌雌雌……それって女!!)
プツン
彼の脳内で何かが切れる。
「おっほぉぉぉぉ! こいつぁ、良いぜぇぇぇぇ!」
彼は人間の一線を超え野良犬を犯した。
毎日毎日、野良犬を犯し続けやがてその犬は死んでしまった。
だが野良犬は死しても彼は犯し続けた。
「くくっ、実に理威狩だ。生殖本能は純粋な正義そのもの。貴様、俺とここを抜けださないか?」
隣の牢獄に居た銀兵衛に脱走の提案をされた根音は二つ返事で潔く受け入れる。
銀兵衛は軽く牢獄の檻を捻じ曲げ外に出る。
それほど力のある者が何故獄中に居たのかなど根音には関心がなかった。
ただ、脱獄した瞬間に根音は野良犬は当然のことながら猫、鹿、熊などあらゆる動物を犯し続けた。
その姿は正に肉欲を貪る悪魔そのものであった。
「なんという清々しいほどの理威狩だ。貴様のような者を待っていた。貴様も悪魔にならないか?」
「なんでぇ? まだいやがったのか。脱走した以上、オレはお前に用などない。オレが用のある者は雌だ! げっへへへ、雌雌雌雌メスゥゥゥ!」
「貴様に会わせたい者が居る。その名もミストレス、極上の女だがどうかね?」
「行く!」
その言葉に二つ返事で賛同した根音はミストレスの偉大な力に惚れ悪魔教でも地位のある階級に就くことになった。
そして、現在に至り……。
「げっへへへ! 小豆色の髪のメスガキィ……美味しく頂いてやるぜぇ!」
ギュルンギュルンギュルン!
「させませんでございますです!」
彼のドリルが狙う箇所がなぜ局所だけなのか分からないアンセル。
だが、そこにさえ当たらないよう交わせばネオの攻撃など大したことが無かった。
彼女たちは根音を悪魔だと信じて疑わないが、根音も少しばかり運動神経の良い普通の人間である。
(弱い……これがシリウス様やリゲル様を恐怖させる悪魔だと言うのでございますですか?)
アンセルは迷っていた。
得意の短剣でネオの首を切断することなどいつでもできる。
しかし、先輩達の前で簡単に決着を付けてしまって良いものなのだろうかと。
わざとやられても良いと迷いはしたが、根音相手に何故かそれは恐ろしく嫌な目に合うと女の勘で理解していた。
先輩に花を持たせるか自分で今すぐ決着を付けるか、日本人特有の相手を思いやる空気読みが彼女を迷わせていた。




