地下室にて
「へぐっ! へぐっ! ふぇぇぇ……」
ベガは悲しみに満ち溢れていた。
リゲルはいつも唐突な行動でベガを惑わせてくるため、ある程度は慣れていたがそれに加わって今回はいつも味方になってくれていたシリウスまでがベガに絞め技をし嫌がらせをしてきたためである。
「ベガ――! ベガ――! どこでござるかぁ?」
背後からプロキオンの声が聞こえる。
また虐められるのでは無いかと不安になったベガは咄嗟に近くの部屋に入り隠れる。
「ベガ――ベガ――、ふむぅ……困ったでござるな」
プロキオンが部屋の前を通り過ぎていく。
一安心したベガは部屋の中を見渡すとどうやら尼僧の私室だったようだ。
よく分からない高価なものが色々と置いている。
「ちょっとくらいなら触ってみても良いかな? わち、悲しい思いしたし」
ベガは部屋の中を物色し始めた。
棚の中にはベガの興味を引くようなものがなかったため、次はクローゼットの中を探し始める。
だが、そこにもベガの興味を引くようなものは無い。
高級ブランドのバッグや洋服が置いてあっても、それが価値あるものだと知らない子どもにとっては単なるカバンであり服でしか無いのだ。
ヒュゥゥゥ
「なんだろ、この音?」
クローゼットの床の隙間から風が通り抜けていることにベガは気付く。
「隙間から風? このお寺、そこまで古くないと思ったけど建付けでも悪いのかな?」
「ベガ――、ここでござるかぁ?」
突如、尼僧の部屋にプロキオンが入ってきた。
また虐められるかもしれないと怯えたベガはクローゼットに大量のドレスが掛けられている間に身を隠す。
「……居ないでござるな?」
ベガはドレスの隙間からプロキオンをずっと監視し続ける。
いつまで待っても部屋から出ていってくれない。
それどころかベッドの下や天井裏などを捜索し始めていくプロキオン。
(プロキオンは勘がいいから、わちがこの部屋に居ることに気付いているのかも。ど、どどど、どうしよう。わち、また虐められちゃう)
ベガはプロキオンに気付かれないよう息を殺し、気配そのものを消すことに集中する。
(わちは他の皆に比べて背が低いから、その特徴を活かす方法をマスターに重点的に鍛えてもらったんだ。わちはここに居ない……わちはここに居ない)
ヒュゥゥゥ
気配を完全に消しことに成功するも、それは数秒と持たなかった。
隙間風により発せられる音にベガは強い憤りを感じてしまったためである。
(んもぅ! 隙間風うるひゃい!)
隙間風の音でプロキオンがこちらに注意を向けてしまうことを予想したベガは何も悪くないクローゼットの隙間に怒りを感じてしまったのだ。
それは子ども故の感情の未発達で起きてしまう些細な出来事に過ぎない。
だが、怒りは人の気配を増幅させる。
「プロキオン、そんなところで何をしているでござる?」
当然のことながらプロキオンはベガに気付き見つかってしまった。
だが、何もしてこないプロキオンにベガは安堵しクローゼットの中から出る。
「あの……あのね……リゲルはいつものことなんだけど、シリウスまでわちを虐めたの」
プロキオンは黙ってベガの言葉に耳を傾ける。
同じ食堂に居てシリウスとリゲルが泣き叫ぶベガを取り押さえている様子もしっかりと見ていたが知らない素振りを装うプロキオン。
(ベガは相変わらずおぼこでござるなぁ。いつも、こうやってベガの不満を聞くのはシリウスの仕事でござったが今回は仕方あるまい)
「そうだったでござるか。後で拙者が叱っておくでござるよ」
その言葉を聞きベガは機嫌を取り戻したのか、表情が柔らかくなりクローゼット周辺を再び物色し始める。
「プロキオン、ここから妙な風が流れてくるの」
「ふむ……建付けが悪いだけでは?」
「でも、マスターの叡智の書に書いてあったし……もしかしたら」
ここで再び美心のよくない教育により奇跡が起き始める。
「叡智の書に隙間風……はっ! 確かに書いてあったでござる。隠し通路とかいうやつでござるな!」
「うん、隠し通路は完璧に隠さないと向こうの空間からこうやって隙間風が流れてくるって」
「だとすれば、どこかにあるはずでござるな?」
「うん、ここを開くための隠しスイッチ!」
プロキオンも協力し隠し通路を開くものを探し始める。
だが、どれほど探しても見つからないため2人は最終的に力付くでこじ開けることを考えた。
「ベガ、良いでござるな。一点集中でござる」
「うん、あまり大きな穴を開けると直す時に大変だもん」
ドゴッ!
バキッ!
2人は目を輝かせた。
クローゼットの床を破ると、そこに現れたのは見事なまでの地下への階段が存在していた。
それは以前、ベガが閉じ込められた隠し地下牢への入り口とは別のものであることを2人は知らない。
「早速、入ってみるでござる」
「わーい!」
2人は期待に胸を躍らせ階段を降りる。
それは叡智の書に書いてあったようなモンスターが蔓延るダンジョンと最奥にあるお宝。
だが、階段を降りた先にあるものに現実の味気無さを痛感する。
「な……んでござる?」
「面白くなーい」
地下通路は存在せず食堂と同等な空間が広がっていた。
そこに置かれていたのは大量の火薬樽と白い粉が入った麻袋。
「また小麦粉でござるか。米の一粒でも欲しいでござるな」
「プロキオン、こっちの火薬樽に変な時計が付いてるよ」
「なるほど……つまり、この火薬樽は巨大な爆弾ってところでござるか」
ベガは火薬樽の一つに起爆装置が取り付けられていることに気付く。
針は一つしか存在せずゆっくりと時を刻み続けている。
「ふむ……針が真上まで来ると爆発でもするのでござろうな」
「でも、そうなったらお寺吹き飛んじゃうよ」
「それは困るでござる。早いところ停めないと……むむ?」
起爆装置の蓋をあけると中には時を刻む歯車とともに赤い線と青い線があった。
「こ、これって……」
「ああ、叡智の書にあったあの展開にそっくりでござるな!」
爆弾を止めるための配線切断の選択、これもスリム満点な中二病をくすぐる展開であるため美心はしっかりと詳細を記載していた。
そして、そのマスターが叡智の書に書いたものが目の前に存在する。
それだけで2人は喜びに打ち震えた。
本来ならば困惑し恐怖するものであるが2人はその感情が一切湧き出てこず、逆に笑みがこぼれ落ちてしまう。
ニヤニヤ
(素晴らしいでござる。これを切るだけで拙者は評価される。それはつまりゾディアックだと自身も認めてもいい事実に変わりない!)
(装置を止めたらみんな褒めてくれるかなぁ。マスターも……えへっ、えへへへ……)
針が真上に来るまで残り24時間ほど。
まだまだ時間は十分にあるが2人にとってそれは重要なことではない。
どんな手段を持ってしてでも起爆装置を止めれば評価され皆に称賛される。
爆弾のことは既に後回しになっており、如何にして起爆装置を停止させるかが最重要視されていた。
「確か叡智の書によると切断する配線の色を間違えると爆発するんだよね」
「そうでござったな。おっと、そうなっては大変でござる。先に火薬樽を……」
ガコッ
何の躊躇いもなく樽の蓋を開け火薬を取り出すプロキオン。
そう、起爆装置そのものの爆発は大した威力では無い。
誘爆によって至るところに隠してある火薬樽が爆発し巨大な壁もろとも跡形もなく証拠隠滅するための装置であることなどプロキオンやベガは知るはずもない。
火薬さえ無ければそれで十分だろうといった安易な考えで行動したに過ぎない。
蓋を開ける時に火花が散るおそれがあることなど思いつきもしない2人は大胆に蓋を力付くで開け火薬を取り出す2人。
「けほっ、けほっ……ちょっと煙たいね」
空気が循環しない地下室に舞う火薬。
逆に危険が増したことなど2人は知らない。
そして、念願の起爆装置を止めることに胸を躍らせる。
「ごほっごほっ……ちょっと部屋を移さないでござるか?」
「うん、ここ薄暗いし外でやろう」
起爆装置が取り付けられた中身のない火薬樽を外に持ち出す2人。
ここでの解を偶然にして発見したことなど知らない2人は配線を切り始める。
「まずは一番手前のこの2色から選ぶでござるな?」
爆弾解除の方法など知るはずもない2人は目立つ場所の配線から切断しようと試みる。
カチッ
ポンッ
「止まった!」
「やったでござるな!」
実際には間違って切断し小さな爆発が起きた。
だが、中身の火薬樽に引火することもないのは自明の理である。
「さっそく、シリウスに褒めてもらおうっと」
「せ、拙者も行くでござる」
2人は上機嫌でカレーの香りが漂う食堂に戻っていった。
今回の出来事を話すと安易に行動したことに叱責されたのは言うまでもない。




