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テンプレ勇者にあこがれて  作者: 昼神誠
結社活動編
39/263

合法にて

 動けない尼僧を4人が取り囲み短剣を突き付ける。


「ひぃぃ! 言います言わせていただきます! それはエゲレス陸軍が開発した賢者の石。別名では皮肉を込めてジャップストーンと呼ばれているものです!」 


「石? もしかして箪笥から取り出したあの赤い宝石ね。貴女が持ち出したはず?」


「やはり見ていたのか。私の胸元に……」


 シリウスが尼僧の着物を剥ぎ取り身に付けていた赤い宝石を手に取る。

 その石には無数の亀裂が入っており、淡い光を放った後シリウスの手の平の上で崩れ去ってしまった。


「壊れた……どういうこと!?」


「先程の術で限界が来たんです! 海外で陰陽術が使用できると言っても今の精度ではせいぜい20分が限界。時間が来るとそのように粉々になるんです!」


 リゲルはシリウスの手の上にある砂を観察し尼僧に問いかける。


「この石はどうやって作られるんだい? それと何処で作っているのかも吐いてもらおう」


 尼僧は再び口をつむぐ。


「また話さないつもりでござるか?」


「では殺しましょう」


 尼僧にも言えないことがある。

 それは巨大な闇組織の一員である限り極秘事項を第三者に漏らしたと確定した場合、死を持って償わなければいけないためである。


(くっ、何も言わないでいるとクソガキどもに殺される。しかし、下手に話したことがバレたら組織に殺される。どうする……よく考えるのよ、私! あの場所は軍事施設だ。そのため警備も完璧。日本人でしかも少女であるこのガキどもがあそこに忍び込めば飛んで火に入る夏の虫のようなもの。生きて出られるはずが無い!)


 尼僧はその場凌ぎのために情報を包み隠さず話すことにした。


「い、言います! モックスフォード大学構内にエゲレス陸軍の秘密研究所が存在しそこで日夜研究が続けられています!」


「研究施設か! なら、この石はどうやって作る!?」


「ルビーやガーネットなどの宝石を粉砕し日本人少女の血を混ぜ満月の光を浴びせ続けるだけです! だから命だけは助けてぇ……」


 宝石は古来からパワーストーンとして不思議な力が宿るものだと考えられていた。

 宗教との関わりも深くアメジストはキリストの血と関連付けられ、ラピスラズリは仏教での七宝の一つに数えられるものである。

 そして、満月の光もまた魔術的なものと関係性が深い。

 

「日本人の……しかも少女の血?」


「たったそれだけって……他人の、しかも子どもの血液だぞ!」


「まさか、先日悪魔のもとへ出荷されたあの子も!」


「……もう……許し……てぇ……」


 尼僧は上の空になりブツブツと小言を呟いている。

 首の骨を折られ身体が動かない状態で恫喝、しかも子ども相手に我慢の限界を超えてしまったのだ。

 そして、それは同時に今まで散々利用してきた身寄りのない子どもを利用した仕事のプライドも何もかもズタズタにされ精神が崩壊しかけていた。


「この大人はもう駄目だな」


「壊れちゃったの?」


「どちらにしてもこの人は悪魔に魂を売った悪人。救いなど無いわ」


「最後は苦しまずに逝かせてやるでござるよ」


 プロキオンが壁上の小屋から持ってきたナイフをシリウスに手渡す。


「私が?」


「一番、あの子のことを心配していたのはシリウスだろ? 敵を討ってあげなよ」


 皆の意向を汲みシリウスはナイフを尼僧の喉元に突きつける。

 力を入れ突き刺そうとしたその時である。


 パッ


 尼僧の姿が突然消えてしまう。


「どういうことだ?」


「彼女は完全に動けないはず……まさか悪魔の仕業!?」


 パチパチパチパチ


 牧場の唯一の出入り口である巨大な門扉が開いていた。

 そこに立っている1人の男性とその者が抱きかかえる尼僧。

 隣には蒸気車があった。


「あ……ああ……あ……」


「こんな最悪なタイミングで!」


 どう見ても悪魔では無い普通の中年男性だがシリウス達はこの牧場に出入りできるのは悪魔かその使いだけだと信じ込んでいる。


「Cから連絡が無いため来てみれば……くくく、まさか賊が入り込んでいたとは」


「何者でござる!」


「理威狩の銀兵衛とだけ申し上げておこう」


「りいがるのぎんべえ……だとっ!」


「また拙者達と同じ日本人……あいつは尼僧の仲間でござるか!?」


 4人は情報を全く得られていない第三者の介入など完全に想定外であった。

 尼僧との戦いにプロキオンが乱入した時と同様のことが自分達にも起こり得るなど誰も予想だにしない。

 ベガを集荷に来る予定の者は明日の朝から夕方の何処か。

 こんな夜更けに何者かが訪れることなど壁上から監視していた時一度も無かったことも油断の要因となった。


「……まさか助けに来てくれるなんて。確かPと一緒に辛国に向かったはず」


 尼僧が意識を取り戻し銀兵衛に話しかける。


「Pと共に昨日エゲレスに到着した」


「な……何故……」


「エゲレスとの間で勃発したアヘン戦争で壊れた輩が急増したのでね。その者達を矯正する目的で新たな事業を初め、辛国政府から補助金を得ていたのだが精神異常者を飼うのも中々面倒だということで、Pがいっその事エゲレスの莫大な富を持つ資本家に強制労働者として高値で売りつけるという方針が決定したのだよ」


「矯正事業の裏で矯正する者が強制労働させられる……ふふふ、Pの集金力はさすがね。でも、そのためだけにやって来たのでは無いでしょ?」


「くくく……何のことかな? 辛国の補助金で豪華客船クルーズなど楽しんではいない」


「ふふふ、なるほど補助金で私的旅行なのね。やはり欲望のままに行動する悪魔教は最高だわぁ」


 仲間が救助に来たことで命が助かり手の裏を返す尼僧。


「ところでCよ、想像以上にやられたようだな。しかも小童相手に……」


 銀兵衛の言葉に苛立ちを覚える尼僧。


「……あのクソガキどもはおそらく春夏秋冬美心に鍛えられた後継者。そんじょそこらのガキでは無い」


「……ほぅ? それは興味深い」


 動けない尼僧を車に乗せた後、銀兵衛がシリウス達のもとに近付く。


「あ、あいつ。こっちに向かってくる!?」


「みんな、油断しないで! 相手は悪魔かその下僕!」


 ブン


「それはやってみなくては分からんでござろう!」


 プロキオンが真っ先に短剣を銀兵衛へ目掛け投げる。


 ドスッ!


 その短剣は左腕に刺さり傷からは血が流れ出る。


「……避けなかった? それとも避けれなかったの?」


「あの男、意外と弱いかも知れぬでござるよ」


 ズッ!


 銀兵衛は刺さった短剣を抜き取りプロキオンと目を合わせる。

 その表情は不気味な笑みを浮かべていた。

 

「くくく、正当防衛確定……」


「な……なんだ?」


 シリウス達が構えを取り相手の出方を伺うが、その直後。


「ぐわぁぁぁぁ!」


 プロキオンの悲鳴が夜の牧場に響き渡る。


「プロキオン!?」


「左腕に短剣!? 一体、いつの間に!?」


 何が起こったのかシリウス達は理解できなかった。

 彼の動きを注意深く観察していたにも関わらず、プロキオンに攻撃を加える瞬間と捉えられなかった。


「単なる理威狩だよ……さて、次はどう来るかね? くくく……」


「い……意味が……分からない……なんなんだ、一体何をしたんだ!?」


 シリウス達は自信満々な銀兵衛を見て今はまだ勝てないと確信する。

 だが、逃げようにも壁に囲まれた牧場内。

 唯一の出入り口の門扉には瘴気を吐き出す車が停めてある。


(ここから離れようにも……迂闊には動けない)


(僕の計算でも奴の次の動作が読めない。くっ、どうすれば良いんだ)


 互いに睨み合う状況下で車内から尼僧が言葉を発する。


「そいつらのことは放っておいて早く私を治療しなさい!」


 スゥ


 その言葉を聞き呆れた顔をする銀兵衛。

 独特な構えを解き車のもとへと足を運ばせる。


「興が醒めた。この日本人牧場も放棄確定だな……くくく」


 尼僧を車に乗せ銀兵衛が運転席へと乗り込む。

 

「助かっ……た……のか?」


「去ってくれるならどうでもいいわ。刺激をしないでおきましょう」


 車が動きだし牧場内を小回りした後、再び門扉の前で車を止め尼僧がシリウス達に罵詈雑言を投げかける。


「そういえば、さっき聞いてたわよねぇ! ああ、出荷済みの華子なら今頃は蒸気機関プレス機にかけられて血液をすべて絞り出されているだろうさ! りんごジュースを搾り取るようにねぇ! ひゃははは、お前達もいずれ同じ目に遭わせてやるさね! ジャップストーン1つ作るのに少女10人分の血液が必要だからねぇ! あっははは、潰されていく瞬間を私が声を大にして笑って見ていてあげるわ!」


「Cよ、貴女は攻撃的過ぎる。いつか足元をすくわれても知らぬぞ」


「うるさいわねぇ、キモいおじさんのくせに! あー、キモいキモいキモい!」


 ブロロロ……

 

 多少の煽りでは怒らないシリウス達も今回ばかりは我慢の限界だった。

 しかし、救援に来た銀兵衛から感じる不気味な威圧感を彼女達は無意識に感じ取り動くことすらままならなかった。


「あいつらぁ!!! 悪魔そのものか!」

 

「ぐすっ……」


 シリウスが初めて涙を流す。

 先日、出荷された子は悲惨な殺され方をしたことを聞き嘆き悲しんだ。


「シリウス……」


「うん……大丈夫……私は大丈夫だから……う、うぇぇぇ」


「僕達はまだまだ未熟だ。マスターの足元には当然及ばないとしても、あの男を超えなければ悪魔には絶対勝てない」


「拙者、やる気が出てきたでござるよ! 左腕は痛むでござるが……」


「わちも頑張る!」


 シリウス達は覚悟を再び決め放棄された寺の中へと足を運ぶのであった。

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