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テンプレ勇者にあこがれて  作者: 昼神誠
結社活動編
35/263

孤児院にて

「けほっ! けほっ! ふ、ふぇぇぇぇん!」


 ビスケットを飲み込み、そのまま大きく泣き出すベガ。


「ベガがビスケットを食べた……」


「安全だと判断したんだろう。ベガが助けを求めるまでは僕達はまだ待機だ」


 ベガに薬の効果が効き始める。

 何とも言えぬ快感が全身を覆う。


「おお、よしよし。怖かったでしょう。貴方達は部屋に戻って昼食の準備をしておいてください」


「は――い、マム!」


 尼僧が泣き止まないベガを優しく包み込む。


(なんだろう……この幸せな気持ち……マスター?)


「マスタァァァ、うわぁぁぁん!」


 尼僧の胸に顔を埋め大きい涙を流すベガ。

 その様子を見ていたシリウスとリゲルは何がなんだか理解できていない。


「今、ベガのやつマスターって言わなかったか?」


「マスターが居るはずがない。それに尼僧に向かって言っているように見えるわ。どういうことかしら?」


「ここからでは遠すぎる。あそこの大木まで行ってみるかい」


「そうね、あの距離なら話している内容も読唇術で見えそう。音を出さずソっとね」


「シリウス、君もだよ」


 この牧場内に唯一生えている大木の上まで向かう。

 そしてベガと尼僧の様子を伺う二人。

 すでに薬の影響が大きく効果を現しベガにとって自分を優しく抱いてくれる尼僧がマスターに見えていた。

 それはベガ自身にとっては疑うほども無いほどの本物であった。


「マスター……」


 泣き止んできたベガを見つめ尼僧は思う。


(こんな子居たかしら? 視力が悪いからみんなの顔がぼやけて今まで気が付かなったけれど……まぁ、どうでもいいわ。家畜に情をかける気なんて無いから顔を覚えてやるつもりもないし。でも、マスターって何のこと? ここでは私のことをマムと呼ぶように教えていたはずだ)


「マスターってどういう意味だったかしら?」


 尼僧が優しい顔でベガを見つめ聞く。

 ベガの目は朧気で薬がよく効いていることが分かる。


「マスターはお義母様なの」


 その答えに尼僧はベガが相当ラリっていることを実感した。


(なぁんだ、薬がガンギマリして妄想に浸っているだけか。自分を捨てた母親に見えるなんて情けない子。それにしてもここまで効果が現れているなら廃人になる前に出荷するのも良いかもしれないけれど体格が少し小さいわね。でも、この子の筋肉の付き方は良い。意識して鍛えていなければこうはならない……もう一人の資本家に連絡をとってみるか?)


 なんてことを考えながらベガを抱き上げ寺に戻る尼僧。

 

「それでね、マスターは菩薩様で女神様でかぐや姫でもあるの」


 ピタッ


 その言葉を聞いた瞬間、尼僧の形相が変わる。

 

(この子、今なんて言った!? 菩薩!? 女神!? ずっと薬を与え続け悪魔崇拝を刷り込んできたはずだ! いくら妄想をしているとは言えサタン様以外の神を名乗るとは言語道断! ハッ!)


 尼僧の視線がベガの足首に向く。

 ここに居るすべての子ども達に刻まれているはずの個別識別ナンバーが無いことに気付いた。

 

「お母さんに教えてくれるかしら?」


「なぁにマスター」


「ここに来たのはいつだったかな?」


「えっと一週間くらい前。白装束の女の子が悪魔に連れて行かれるときだよ」


 尼僧が美心に見えているベガは何の疑いようもなく、ここに来るまでの経緯を洗いざらい話す。


「それは大変でしたね。それでスターガーデンとやらの組織はどこにあったかしら?」


「マスター、忘れすぎぃ。えっとね……」


 その様子を見ていたシリウスとリゲルもベガが正気でないことに気付く。


「星々の庭園の任務内容だけでなく組織の所在地まで話してしまうなんて何を考えているのよ!」


「煎餅と一緒に食べさせられたあの白い粉はおそらく自白剤なのだろう」


「じはくざいって?」


「叡智の書に書いてあった。飲ませるだけで秘密にしていることをすべて話してしまう魔法のような粉があると……さっきの子ども達も本音を言いたくて、それでも我慢しておかしくなっていたのだろう」


 リゲルはいつも通り真実に近づきながらも最後で外してしまう。

 自白剤よりヤバい中毒性のある薬であることなど知らないためだ。

 

「話したくて話したくてたまらない……でも話せない。そんな苦痛を与える薬を子ども達に与えるなんてあの尼僧は何を考えているの!?」


「洗脳するためさ。話したいことを唯一聞いてくれる存在を尼僧本人だけにすれば……」


「信頼を簡単に得ら……れる!? なんて狡猾な!」


 リゲルの回答にいつも通り釣られてしまうシリウスであった。

 しかし、事実として薬を与えている理由の一つであったことを二人は知らない。


(京都の春夏秋冬財閥だと! ま、まさか……この子の母とやらは)


「私の可愛い子、私の本名は何だったかしら?」


 話の半分以上はベガの妄想だと思い聞いていた尼僧。

 だが、身売りされた少女を救助する老婆に対し身に覚えがある尼僧はマスターとやらの本名を聞いてみることにした。


「春夏秋冬美心様だよ。叡智な存在で菩薩様で女神様で月からやってきたかぐや姫様なの!」


 その言葉を聞いた瞬間、尼僧の胸の奥底にある憎悪がフツフツを蘇る。


(ヒト……トセ……ミコ……だと!? ……おのれぇぇぇ、あのクソババアがぁぁぁ! またもや私の邪魔立てをするかぁぁぁ!)


 そう、この尼僧もまた美心に対し憎しみの心を持つ者であった。

 日本に居たころから悪魔崇拝者の彼女は美心にとって格好の標的である。

 ラスボスとまではいかないにしても、魔王を守護する四天皇くらいの立ち位置として美心は設定していた。

 そして、とある港で美心と尼僧が邂逅し陰陽術バトルの末、美心が放つ強烈な光により尼僧の視力は殆ど失われてしまうのであった。

 その後、岡っ引きに捕まり打ち首獄門が確定してしまうが辛くも牢屋敷から逃げ出せた尼僧はなんとか密航に成功し今に至る。


(この呪物を持っていたから私は助かった。私を救ってくださったこの呪物はきっとサタン様の一部に違いない!)


 寺の中にある頭がヤギの姿をした仏像を前に尼僧は考える。


(このガキを使って何とか奴に復讐できぬだろうか? いや、復讐などやるだけ無駄だ。あいつの強さは異常だった。しかし、あれほどの陰陽……サタン様復活への供物として捧げるとしては十分だ。そうだ、奴がこの国に来ているならなんとか勝ち目があるかもしれない。エゲレス軍と繋がりのある資本家が開発中とのアレを使えば……ふふ、ふふふ)


 尼僧は大事なことを聞き忘れていたがそれに気付かない。

 まさか子どもだけで日本からエゲレスに来るはずも無いと思い込み、何処か近くに美心が居ると信じて疑わなかった。


(このガキが春夏秋冬美心に鍛えられたなら、子どもとしてはありえないほど良い肉付きも説明が付く。偵察として送ってきたのだろうが……スターガーデン、そのような組織を作っているとは。奴も年には勝てぬと言うことなのだろう。問題はこのガキが戻らなければどうするかだが、奴自身が助けにくる確率も無いとは言えないだろう。ひとまず、このガキはここには来ていないというようにするために隠し地下室で監禁しておくか)


 薬の影響で眠ってしまったベガを地下にある牢屋に入れ子ども達の世話に戻る尼僧。

 一方、シリウスとリゲルはうまく尼僧の後を付け寺の中に居た。


「ベガは何処?」


「尼僧に抱かれこの部屋に入っていったところは見たが居ないね」


 シリウスとリゲルは少し考え同時に閃く。


「隠し部屋があるのかも?」


 二人は部屋の隅々まで入り方を探すが見つけられない。

 部屋から子ども達が室内で遊んでいる声と音だけが聞こえる。


「夕食後の自由時間になったみたいだ。この後は就寝するだけ……早くベガを見つけないと」


「あっ、もしかしてこれかしら?」


 仏壇のある床に擦れた跡を見つける。

 その仏壇を押したり引いたりするがびくともしない。


「どこかに隠しスイッチがあるんだ」


「叡智の書ではこういう場合は……仏壇にある飾りのどれか?」


「僕はこの蝋燭が怪しいと見たね。火を付けると……」


 ガガガッ

 

 仏壇がスライドし地下への入り口が現れる。


「さすがね、リゲル」


「それにしても狭いな? 明かりも付いていないし」


 仏壇にあった火の付いた蝋燭を手に取り地下室を降りてゆく二人。

 奥でうめき声が聞こえる。


「あ、ああ……うぁぁぁ……あああ」


「ベガの声だ。こんな真っ暗なところに閉じ込めるなんて!」


「あの尼僧、許せない! 外に出たら……」


 地下室の最奥、鉄格子の後ろに小さい人影が見える。

 身体を小さくしブルブルと震えていた。


「ベガ!」


「助けに来たよ」


「ひぃぃぃ、ゾン兵衛! いやぁぁぁ、こっちに来ないで!」


 ベガが化け物でも見るかのような目で二人を見て叫ぶ。

 薬が切れたことによる禁断症状でベガはシリウスとリゲルがモンスターに見えていた。


「どうしたと言うんだ?」


「ベガ、私達よ! しっかりして!」


「うわぁぁぁん、マスター!」


 何を言っても泣き叫ぶだけで手に負えない二人。

 ただ時間だけが無為に過ぎていく。


「もう、何をチンタラとしているのよ! 助ける場面でモタモタしているのは死亡フラグだって読者に分かっちゃうじゃない」


「比奈乃様、3人は……3人は無事なのですか?」


「続きを読みたいけれど、そろそろ巴ちゃん達と河原町で買い物をする約束をしているの。そうだ、レグルスも一緒に来る? あ、でもお仕事中なんだよね」


「そう……ですわね。では、また夕食後にでも」


 手紙の内容を創作物だと思い込んでいる比奈乃だが、レグルスにはシリウス達のことを全く心配していない様子に見えてしまう。

 

(比奈乃様にとってシリウス達はどうなってもいいとでも言うつもりですの!? やはり、あの方に任せておいては星々の庭園は駄目になる。お義母様の願いを叶えるためにも私が皆を率いていかなければなりませんわね)

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