壁上にて
日本人牧場からどうやって子ども達を解放するか作戦を練る4人。
だが、相手には悪魔がいる……と思い込んでいる。
下鴨神社で悪魔の眷属の見た目に恐怖し何も出来なかったシリウス達が考え至ったことは兎に角、悪魔と同等に戦える力を付けることだった。
壁外の森で肉体と精神を鍛え、美心に指南してもらった格闘術と陰陽術をより高みへ目指す。
それと同時に言葉の壁により情報収集がまったくできない点から英語の勉強もした。
「あー、もう! 拙者はギブアップでござる……」
「あはは、プロキオンには僕達にはない怪力があるから、戦闘面で頑張ってもらおうかな」
「シリウス、ここはどうやって訳せばいいの?」
「ここはね……なんて訳すのかしら?」
「ここはこうやって訳すんだよ」
「ありがとう、リゲル」
頭の良いリゲルは4日程で英語をほぼマスターしていた。
「……それにしても時間が足りないでござるな」
後日、リゲルが単独で住職の部屋へ侵入した際に見つけた書類によるとこの場所はとある資産家が建てたジャップファームと呼ばれる場所であった。
子ども達は毎月1人は送り出されることが決まりになっているが、その後の子どもの行方に関しては何処にも記載されていなかった。
次の子どもの出荷まで1ヶ月も無い。
シリウス達はあまりにも時間がないことに焦りを感じている。
「先日の子は助けられなかったものね」
「出荷は月末と決まっているようだから、まだ27日ほどはある。問題はどの子なのかあの尼僧のみが知っていると言うことだね」
「あの尼僧は何者でござるか?」
「日本人なのは確かだけど陰陽術を使ったところを見たことが無い」
「そういえば……」
ベガが何かを思い出したかのように話し始める。
「わち達が着ているボディースーツ、マスターが作った特別製なのはみんな知っているでしょ? わちだけかもしれないけど自動洗浄機能が最近動いていないみたいなの」
「おや、ベガもそうだったのかい?」
「私もよ」
「拙者も同じだ。体温保護機能も低下しているように感じるでござる」
星々の庭園の隊員達が着用している漆黒のボディースーツは美心が陰陽術の粋を集めて彼女達のために作成したものである。
並の侍の太刀筋なら刃を通さないほどの防刃性だけでなく、ライフル弾を貫通させない防弾性をも備えている。
それだけでなく任務中は風呂やシャワーに入れないという設定を思いつき自動洗浄機能を付け、あらゆる環境や状況下でも星々の庭園の隊員が快適に過ごせるための体温調節機能や治癒機能も付随している。
これは美心の特別な陰陽術で動いており定期的に美心がボディースーツに触れ陰陽を注がないと機能は永続的に続かないのが唯一の弱点であった。
星々の庭園そのものが美心の中二心をくすぐるような組織を結成してみたかったという思いから始まったもので、そのような弱点が露呈するような状況が起きないことは美心自身が起こらないだろうと考え放置していた。
そして、魔の悪いことにこのことは誰にも話していない。
そのため、そこにあって当然なものであるとしか隊員達は理解していなかった。
「故障でもしたのかな? 修理したくてもどうやって動いているのか分からないし……」
「リゲルでも直せない?」
「無理だよ、マスターの偉大な力が込められているとしか説明が付かないものなんて僕にもどうしようもない」
「これは困ったわね。このボディースーツ以外に着るものなんて持ってきていないし……」
「街へ戻って買うにしてもお金が必要だしね」
壁の上からモンドンの方向を見る。
相変わらず深い霧に覆われており街の全容を確認することはできない。
「悪魔が蔓延る街……リゲルとベガは近付かない方が良いでござるな」
「プロキオン、何を考えているだい?」
「労働の対価は給金であろう。悪魔のもとだろうが身元がバレなければ拙者らはただの子ども。拙者が稼いでくるでござるよ」
プロキオンの言葉にリゲル達は反対する。
だが、シリウスだけは冷静にその言葉の裏の意味を見出した。
(プロキオンからそんなことを言うなんて……そうか、私達に圧倒的に足りないのは情報。プロキオンはあの瘴気が漂う工場内で悪魔の足取りを掴もうと考えているのね? 確かにプロキオンなら瘴気の影響にも私達よりかは耐えられる。でも、それもいつまでも耐えられるわけではない)
「プロキオン……瘴気の影響が発症したらすぐに戻ってくること、それが守れる?」
「ああ、任せておくでござる」
ベガとリゲルにも説得をするシリウス。
プロキオンが潜入任務をすると言う事ですぐに納得し承諾した。
「それじゃプロキオン始めようか」
「うん? 何をでござるか?」
「英語をマスターしないと紅毛人達とも話せないだろ?」
「ノォォォでござるぅぅぅ!」
プロキオンは深く後悔した。
結局、プロキオンがモンドン東部の工場地帯へ潜入するまで5ヶ月もかかってしまった。
「あ、あはは……プロキオンは昔から勉強が苦手だったもんね」
「単なる脳筋なんですのよ。でも、彼女の力は私達の中でも飛び抜けて強かったですわ」
比奈乃とレグルスは美心の自室でお茶をしながらシリウスの手紙を読んでいた。
比奈乃はこれが任務報告書だということをすっかり忘れ、単なる旅先でシリウスが書いた創作物だと思い込んでいる。
だが、レグルスはこれが本物だと信じて疑わない。
レグルスは早くすべてを知りたかった。
任務報告書を送り自分達は帰ってこない、このことに妙な不安を覚えていたのだ。
「5ヶ月の間のことは書かれておりませんこと?」
「うーんと……ちょっと待ってね。今、訳すから」
話は再びモンドン郊外に戻る。




