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テンプレ勇者にあこがれて  作者: 昼神誠
結社活動編
30/263

海外にて

 シリウス達がモンドン港に辿り着いたのは堺港から出港し約3ヶ月後のことだった。

 貴重な食料や水の減りが早いことに船員が疑問を持ちつつも悪天候に見舞われることは無く順調に航海を続けることで難を逃れた。


「あっ、シリウス。陸が見えたよ!」


「あれがギハナ高地でござるか?」


「なんだか日本とあまり変わりないね」


 人の手が入っていない海岸はどの場所も同じように見えるだけである。

 初めて海外に出たリゲル達は異界のような場所だとばかり想像していたが、その期待は裏切られ心底落胆した。

 だが、シリウスだけは違っている。


「これはマスターのご慈悲なのよ。日本と似た風景なら異国に居る不安感がある程度は薄れる。きっとギハナ高地がそれほど過酷な場所なのでしょうね」


「そうだったのか……マスターに感謝しなければでござるな」


「ああ、マスターが叡智の書に記すほどの危険地帯だ。確かに日本に似ているほうが助かる」


 4名は互いに目を合わせ気合を入れようと頷く。

 だが、その感情はすぐに崩れ去ることになる。

 数時間ほど船がテムズ川を上っていきモンドンに到着したときだった。

 彼女達は目の前に映る街の風景にただ唖然とするしか無かった。


(街……でござるか?)


(叡智の書にはギハナ高知は密林だとしか記していなかった。密林とは何かの暗号を指していたのか?)


(ここはギハナ高知の近くにある港かな? 霧で薄っすらとしか分からないけれど街の建物がどれも日本と違うみたい)


「なるほど……ここがギハナ高知なのね」


「シリウス、違う! 叡智の書には密林だと記してあったじゃないか」


「そうね、確かに密林とだけ書いてあった。そう密林とだけね」


「拙者にはまったく訳が分からぬでござる。早く説明を」


 シリウスは今の現状を3人に説明する。


「密林とはマスターが揶揄して記したのでは無いかしら? 密林が決して鬱蒼と生い茂る植物とは限らない。この目の前に映る光景を見てみなさい」


「建物が一箇所に所狭しと立ち並んでいる……ふっ、そういうことか」


「どういうこと?」


「拙者にも分かったでござる。鬱蒼と生い茂る建物を密林に例えたのでござるな」


 ベガ以外は先程の喪失感を取り戻したかのように瞳の奥に希望が見えていた。


「そういうことよ。確かに人の密集する場所に悪魔は生息していると聞く。修行場と悪魔の関係もこれで一致したわね」


 船が港に到着し船員達が続々と船を降りていく。


「ケホッケホッ……」


「リゲル、風邪でござるか?」


「そんなはずはない……それよりもなんだか煙たくないか?」


「わちもそう思うの」


 当時のエゲレスは産業革命以降の急成長により世界の工場と呼ばれていた。

 蒸気機関を使った工場は24時間休むこともなく様々なモノが作られている。

 そして、その動力を動かすために必要な石炭を燃やすことで大量の煙やすすが発生し空気の中に交じることでスモッグが頻繁に発生していた。


「ケホッゲホッゲホッ……」


「リゲル、静かにして。船員に見つかるわ」


 当時の日本も美心の活躍により強奪できた戦艦から取り出した蒸気機関の研究により独自路線の蒸気機関が完成していた。

 それも陰陽術の恩恵により石炭などの燃料を使わず蒸気を発生させタービンを回転させる仕組みを開発できたおかげで超クリーンなエネルギー機関となって人々の中にも浸透していった。

 そのため、このような劣悪な環境を日本人は誰一人として体験したことは無く当然ながらシリウス達も初めてのことで自覚が無かった。


「ケホッゴホッ」


(どうして急に咳が……やはり僕は風邪なのか?)


 他の3名が今は何とも無いことも重なりリゲル自身も咳を風邪だと誤解してしまう。


「ケホッケホッ、やはり風邪なのかも」


「シリウス、早く船から降りてどこか休める場所を探すでござるよ」


「分かったわ」


 持っていた荷物を鞄にしまい船倉から甲板へ行き、そこから飛び降りモンドンの街に降り立つ。

 そして、すぐに船から離れ一軒の建物に身を隠す。


「ゼェゼェ……ケホッゲホッゲホッゴホッゴホッ」


「リゲル、大丈夫?」


 リゲルは自身の身体に違和感を覚える。


(どういうことだ? 呼吸が苦しい……たったの数百メートル走っただけで息が上がるなんて今まで一度もなかったのに)


 リゲルは思考をフル回転させその原因を考える。


(約3ヶ月、船の中でも真夜中に船員達に見つからぬよう運動不足を解消させるため身体を動かしていた。だから体力低下が原因と言うわけでは無いだろう。食べ物がいつも似たようなものだったし栄養不足は考えられるか? いや、だがそれならシリウス達だって同じはずだ。どうして僕にだけ?)


「なんだか、さっきからずっと鼻がムズムズするよぉ」


「この霧、確かに普通の霧ではござらぬような?」


 ベガとプロキオンの何気ない会話からリゲルは1つの結果を導き出す。


(そうだ……船が霧の中に入ってから僕も呼吸器に違和感を感じていた。この霧に原因があるのだとすれば……もしかして毒ガス!? それなら人によって症状が出るのにも個人差がある。毒ガスを街中に放出させるなんて相手は何を考えている? 住人すべてを殺すつもり……はっ!?)


「ケホッケホッ……ま、まずい」


「リゲル、どうしたの?」


 リゲルが皆の目を見て真剣な表情をして言葉を発す。


「悪魔の……ゲホッゲホッ……仕業だ……ゲホッゲホッゲホッ!」


「今なんて?」


「しっ、誰か来るでござる」


 1人の男が路地裏で身を隠していたシリウス達を見つける。


「ガキが4人……てめぇら労働者だな! こんなところでサボりやがって! さっさと持ち場について資本家様のために働きやがれ!」


 手に持っていた鞭を何の躊躇いもなく振り下ろす男。

 リゲル以外の3人は余裕でその攻撃を躱し男から身を隠す。

 だが、逃げる途中で咳き込んでしまったリゲルは男の一撃をまともに受け怯んでしまった。

 3人はそれぞれ別の場所で身を潜めた影からリゲルと男の様子を覗き込む。

 突然の攻撃だったこともあり身を潜めた場所が別々になってしまったのはこの際、仕方が無いだろう。


 ガシッ


 リゲルの髪を掴みあげる男。

 3人が何処かで覗いているだろうと確信し話し始める。


「くくく、こいつは大切な労働仲間だろ? 貴様らが逃げたらこいつには死ぬまで働かせ続けてやる。ま、24時間労働なんて当然なんだけどな。ぐははは!」


 労働者に人権など無い時代。

 資本家に家畜同然として扱われていたが当然ながら反発する大人も多かった。

 その結果、無知で非力な子どもが労働者としてこき使われているのが現状であった。


「くっ、紅毛人め」


「拙者は英語が分からぬ。シリウス達と距離を取って隠れてしまったのは失敗だったでござるな」


「なんて言ってるか分からないよぉ」


 シリウス達は英語が話せないし聞き取れない。

 ただ、相手がリゲルを人質に取って何かを要求しているのは理解できた。

 3人はそれぞれ今の現状をどう乗り越えれば良いのか個々に判断する。


(まずいわね、あんな攻撃も避けられないほどリゲルが体調を崩していたことに気付けなかった。助けるのは簡単だけどリゲルを担いでどこまで逃げ切れるかしら? ……どう考えたって追いつかれるのは目に見えている。やはり、あの男をどうにかするのが先決か) 


(知らない街を無闇に走り回るのは危険でござる。しかも、この密林のような建物と濃霧のせいで周辺の状況が分からぬ。斬馬刀を持ってきていれば奴など簡単に叩き潰せたというのに!)


(シリウスとプロキオンの武器は目立つため持ってきていないし、わちの篭手であいつの脳天を叩き割っちゃえば良いよね?)


 3人共、同時に導き出したのは男を倒すことだった。

 美心の手ほどきを受けていたため並の大人は彼女達には雑魚同然であることも理由に挙げられるだろう。


「ゲホッゲホッゲホッ!」


 男の手に掴まっている間も呼吸が苦しくて敵わないリゲル。


「んん? こいつ、もしかして喘息を患ってやがるのか? 咳で大切な商品である絹織物を汚されては敵わん。他の3人は……まさか、見捨てて逃げ出したのか? ちっ、仕方ねぇ。新しい労働者を拾ってくるか」


 ドンッ


 リゲルを投げ捨てその場を去る男。

 相手が完全に居なくなったことを悟るとリゲルのもとに近付く。


「リゲル、大丈夫でござるか?」


「ゲホッゲホッゲホッ!」


「呼吸が荒い。ここでは看病できないわ」


「けほっけほっ……早くここを去りたいよぉ、煙たい」


「ベガまで咳を?」


 シリウスはリゲルが先程話した内容をふと思い出す。


「悪魔の……仕業? リゲル、そうなのね!?」


 コクリ


「どういうことでござる!?」


 咳き込んでいるため頷くことしか出来ないリゲル。

 だが、それだけでシリウスはすべてを理解《誤解》する。


「この違和感のある霧、それに薄暗い空、そして先程の男の凶暴さ……ここは異界なのよ。叡智の書にはこうも記してあった。異界の空気は瘴気に包まれており人間が吸い続けるとやがて死に至る。そこで生きれるのは悪魔だけ……」


 その誤解を真実だと受け取るプロキオンとベガは血の気が引く。


「うわぁぁぁん、早く帰りたいよぉ!」


「ベガ、何のために来たでござるか!」


「兎に角、瘴気の中に居ては危険だわ。道中ですれ違う者はすべて悪魔である可能性は高い。絶対に見つからないように移動するわよ」


 4人の中で最も剛腕なプロキオンがリゲルを背負いエゲレス東部から西部へと向かっていく。


(マスターがギハナ高地に向かう際に覚悟を問うてきたのも今となって理解できるわ。海外が悪魔の巣窟である可能性は十分にあった。それでもゾディアックとして選ばれたからにはそれに相応しい功績もあって当然。星々の庭園のためにもギハナ高地の悪魔をすべて祓うまで帰るわけにはいかない!)


 そして現在、春夏秋冬家邸……。


「瘴気……悪魔の生息地に足を踏み入れてしまうなんてシリウス達は無事なんですのよね?」


「まだ手紙の半分も読めていないわ。そう焦らないの」


 シリウスの書いた手紙を再び読み始める比奈乃。

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― 新着の感想 ―
[一言] ギハナ高地(勘違い)にようやく到着。 しかし蒸気の汚れによってリゲルがダウン_(:3 ⌒゛)_ とんなに鍛え上げても呼吸器官は強化出来なかったか……
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