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テンプレ勇者にあこがれて  作者: 昼神誠
美心(幼年期)編
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長屋にて

 安政3年7月、美心は6歳になった。

 3年前、将軍によって勇者を任命されたは良いが、平和な日本において何も起こるはずがなく、ただただ時間だけが過ぎている。

 幕府内では第13代将軍徳山定家は病で弱り、老中首座である阿部籬弘が政治を一任。

 だが、それを気に食わない上流階級である武士の汚職なども増え、民衆の間でも徐々に幕府に対して不信感を覚えるとともに倒幕運動の兆しは起こりつつあった。

 美心は明晴の指南によりただひたすらに陰陽術を学び続け、陰属性では大僧正の領域にまで達しようとしていた。

 6歳でこの領域の陰陽術が使える者は過去にも例がなく幕府としても扱い方に戸惑ったため明晴に任せるのみであった。

 そして、いつもの河原……。

 

 ポンッ!


 バスケットボールほどの火球を指先から発火させる美心。


「はぁはぁはぁ……どう、お兄ちゃん?」


「うーん、違う違う……美心っち、それはまだ第3境地の『火炎』に過ぎないよ。第6境地『炎獄』はこれ」


 ボンッ!


 明晴が指先に美心が発現させた火球と同等の火球を作り出す。

 形は同じでも温度が違い青い火球でそこから放たれる熱波により川から水蒸気が上がっている。


「おっとっと、このままじゃ危険だし消すね」


 パッ


 何事もなかったかのように明晴の指先にあった火球は消える。

 

(くそっ! どうして……どうして俺には陽属性が上手く扱えないんだ! 少しでも力を入れるとすぐに暴発してしまうし……)


 この3年の修業で美心の悩みの種は陽属性が上手く扱えないことであった。


「美心っち、誰にでも得手不得手があるって。陽属性は諦めて陰属性を徹底的に鍛えるほうがあーしは良いと思うけど」


「それはダメなの!」


 美心は明晴の提案を受け入れること無く拒否し続けていた。

 そう、魔法と言えば鉄板のファイヤーボール。

 美心は勇者としてどうしても譲れないこだわりがあった。

 炎系統の陰陽術はこの世界では陽属性にあたり、それらを格好良く使いこなすには自身の内なる陽気を鍛える必要がある。

 だが、必死の訓練でも美心の陽気は安定せず未だに第1境地の陽属性しか使えない。

 

「美心っち、もうすぐ日が暮れるし今日はおしまいにしよ」


「……うん」


 この日の指南も終わり1人で長屋へ肩を落としながら帰る美心。


(美心っち、ここんとこずっと辛そう。でも、長屋には近寄っちゃ駄目って言われてるし……あーしがいると親に甘えられないって言われたたときは聞き入れたけど、やっぱ心配だなぁ)


 明晴が美心の長屋へ来なくなってから夫婦関係は良好になった。

 それを壊されるわけにはいかないと美心は明晴に強く言い聞かせたのであった。


「ほーら、宗次郎べろべろばぁ」


「きゃっきゃっ」


 美心には弟ができていた。

 名前は宗次郎、生後6ヶ月である。

 普通の赤子同様にハイハイはすでに出来ている。


「ただいまー」


「おかえり美心。お母さん、手が離せないから釜戸を見ていてくれる?」


「はぁい」


 釜の前で座り、ずっと火を見続ける美心。

 陰陽術のお陰で酸素を送る必要が無いため、薪の炎が弱くなってくると美心が陰陽術で火力を加えるだけで再び強く燃え上がる。


(日常生活では確かにこの程度の火で十分なんだけどなぁ……やっぱ魔王のトドメを指す技は炎属性で消し炭にするのが良い)


 魔王がアヘリカ大陸に存在すると確信している美心は常に魔王との決戦を頭の中で脳内シミュレートしていた。

 その中でもやはり見た目的にド派手で格好良く倒すのは相手を燃やすことだ。

 転生前に読み漁ったラノベでも大抵のラスボスはド派手に倒されている。

 特に俺TUEEE系では圧倒的な実力差が有りながらもラスボスだけは綺麗に美しく魅力的でワンダフルな倒し方をしているものが多い。


(そうだ、どんな物語でも最後を魅力的に飾るのは当然のことだ。無自覚系主人公がたまにやらかすラスボスでさえ倒したことに気付いていないような人生はさすがに俺としても嫌だ。無自覚系主人公ムーヴをするなら学園モノが一番なんだけど……そういや、俺もそろそろ寺子屋に通うのかな? しかし、寺子屋で学園モノは演じにくいしなぁ……何より生徒数が少なすぎる)


「おっかあ、あたしはいつ寺子屋に通うの?」


「そういえば、まだお寺に行って手続きしていなかったわね。宗次郎の面倒を見るのですっかり忘れていたわ」


「儂も仕事で手が離せんからのぅ。美心、明日にでも慎之介と行ってきなさい」


(おいおい、自分で入学手続きしろってのか……はぁ、宗次郎が生まれてから俺に構うことも少なくなったのは自由に動けて嬉しいが、まだ6歳だぞ俺)


 すでに7月。

 本来なら新一年生は4月に入学しているはずである。


 コンコン……


 玄関の戸を何者かが叩く。

 

「はーい、美心出てくれる?」


「はいはい」


 美心が玄関の戸を開けるとそこに立っていたのは2人の侍。

 その内の1人は阿部籬弘であった。


「阿部のおじちゃんだ」


「久しいの、始祖殿の門弟よ。江戸城より参った。少し時間をよろしいか?」


「えっ? は……ははぁ!」


 部屋の中を急いで片付け座布団を2枚用意する八兵衛。

 沙知代は茶を淹れ部屋に入った阿部とその護衛の前に差し出すと頭を垂れる。

 美心はただ呆けて玄関でその様子を見ているだけであった。

 それもそのはず、上流階級の者が下町の者の家に伺うことはかなり珍しいことだからである。


(何が起きるのか予想がつかない。どうして老中がこんなところに? おっとうかおかあが何かやらかしたのか? いや、それなら奉行所の者が来るだけで十分だ。分からん……)


「きゃっきゃっ!」


「美心、宗次郎をお願い」


「はーい」


 宗次郎を抱っこし釜の前から部屋の中を見る美心。

 米を炊く火は消えているが誰も気付かない。


「お二方が美心殿のご両親で?」


「は、はい……ええっと、美心が何か?」


「拙者は老中首座、阿部と申す者。この度は美心殿の件でご両親に話しがあって参らせていただいた」


「ろーじゅ? えっと、沙知代知ってるか?」


「奉行所の役人様でしょうか?」


 下町の者で幕府内の役職を把握しているのは一握りの人のみであり、八兵衛と沙知代の2人も相手が武士であること以外はよくわかっていなかった。


「おっとう、阿部様は将軍様の相談役だよ」


「な、なんだってぇぇぇ!」


「し、失礼いたしました! どうか、どうかこの子たちだけは!」


 両親2人は美心の言葉に驚き土下座をする。


「いや、こちらこそ突然押し掛けてしまい申し訳なかった。頭を上げて下さらぬか?」


「へ、へぇ」


「これを……」


 阿部が懐から書簡を取り出し八兵衛の前に置く。


「儂は字があまり読めねぇんだ。沙知代、代わりに読んでくれねぇか?」


 沙知代が書状を開き内容を読む。

 美心も気になって書状の内容を見たいが、この緊張状態の中では動くことさえ躊躇う。


「ええっと……すみません……よく理解できませんでした」


 書状を読み終わった沙知代は疑問を阿部に投げかける。


「そうか……美心殿の入学する寺子屋のことで纏めさせていただいたのだが」


「阿部殿、平民であの学校を知っている者こそ少ないかと」


「むむ、確かに……」


 阿部が両親2人に説明する。

 3年前、将軍家慶に明晴が要望した美心の入学先のことだ。

 突然の逝去でつい最近までそのことが書かれた書簡を誰も気付かずにいた。


「陰陽術の専門学校? どうして、うちの美心なんかが?」


「隠さなくても良い。幕府内でこの子を知らぬ者はほとんど居ない。なんせ、6歳で大僧正の領域の陰陽術を使いこなしておるからのぅ」


「だ、大僧正の領域だとっ!」


 両親2人の開いた口が塞がらないまま、美心の方を見る。


(やっべぇ、ずっと隠してきたのに幕府にバレているなんてどういうことだよ! ……いや、1人居る。あいつか! 明晴、貴様謀ったな!)


 何を謀ったのか知らないが美心の中で再び明晴への憎しみが膨らんでいく。

 浮き沈みの激しいことは相変わらずだった。


「美心……」


(くっ、この家族生活も諦めるしか無い!)


「てへぺろっ」


 最後の最後で家族を捨てることを出来ずに誤魔化す方向に持っていった。

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