長州藩にて(其の弐十弐)
「ふ、ふざけるなぁぁぁぁ! あああああ! うがぁぁぁぁ!」
再び狂ったかのように無数の氷の礫を行人に向け放つ銀兵衛。
「氷陰陽術まで!?」
「あの礫は第7境地陰陽術よ。氷属性は得意だから分かるわ」
「ということはあの男は大僧正の領域者ってこと!?」
「ふふっ、たかが大僧正ならお義母様の敵ではないね。勝ちだよ勝ち。あー、もう先が見えちゃうよ。まったく頭が良すぎるというのも考えものだね」
「ちょっと五月蝿いの。リゲルちゃん」
「ん、黙ってリゲル」
行人の身体が徐々に凍っていく。
しかし、彼は動じること無く甘んじて銀兵衛の攻撃を受けていた。
「ふは、ふはははは! 絶対零度はすべての物質の動きが停止する! それはつまり死だ! 貴様には永遠に氷の中で停止してもらおう!」
ひたすら氷の礫を顕現し、それを行人に投げ続ける銀兵衛。
「え、やだよ。折角、男の身体に戻れたんだ。次こそはテンプレ勇者として世界中を冒険するんだ。あー楽しみだなぁ」
行人は身体が凍っていながらも難なく動かしストレッチをしている。
「な、何故だ! そんなに凍っていて何故動ける! うぉぉぉぉ!」
発射する氷礫の数が倍増する。
徐々に行人を覆う氷の厚さが増えていき、完全に氷に覆われてしまう。
「ふは、ふはははは! やった……やったぞ! 奴の時間を完全に停止した! これでもう……」
「ふふっ、なるほどね。僕はわかったよ。次はシヴァだ。お義母様はシヴァへと変わるんだ。叡智の書第8巻第5章第2節に書かれている氷の精霊シヴァにね!」
ドヤ顔で皆に話すリゲル。
だが誰もそれに反応を示さず行人の方を見つめていた。
「ちょ、僕の考えが間違っていると言うのかい? 誰か反応してくれよぉ」
「リゲル、五月蝿いにゃ」
「リゲル、静かにしてくれる?」
星々の庭園のやり取りなど関係なく行人は氷属性を吸収し、その身に纏っていく。
「は……また……またかぁぁぁ! ぬわぁぁぁぁぁ!」
再び氷の礫を顕現し行人に向かって投げつける。
「あれは俺が中学生の頃だった……」
「ぬわぁぁぁ! 喋らせるかぁぁぁぁ!」
「氷の剣を自身の手で生み出したくてね。掌から出そうと必死に練習していたんだ。けれど、ファイヤーボールと同じでさ全く出なかったんだよ。例に習って氷の気持ちになろうと思ってさ近所にある冷凍倉庫に忍び込んだんだ。そこで裸になりただひたすら座禅を組んでいたらさ外から鍵を閉められて出るに出れなくなってしまったんだよ。いやぁ、あれは本当に死ぬかと思ったよ。でもね、その死こそ氷の気持ちだったんだと僕は悟ってさ……いや、勿論氷の剣は出せなかったよ。でも、今なら……」
「うがぁぁぁぁ!」
ドスッ!
何かが脇腹に刺さる感覚。
銀兵衛は視線を下に向けると脇腹に刺さっていたのは一本の氷の剣。
それを見て銀兵衛は血の気が引いた。
「あ……ああ……何なのだ……何なのだ! 貴様はぁぁぁぁ!」
「アイム・フェンリル!」
ドスドスドスッ!
「フェンリル!? 叡智の書に書かれていた氷を操る魔狼のことか!?」
無数の氷の剣が銀兵衛の全身に突き刺さる。
遂に体力が尽き、その場に倒れ込む銀兵衛。
「いやぁ、楽しかったよ。また遊んでくれ」
シリウス達の方を見て微笑む行人。
それに反応するかのように彼女らは一斉に行人の下へと走り出す。
「お義母様ぁぁぁ」
「わぁぁぁぁん、怖かった―――」
(みんな、演技にのめり込んでるなぁ。んじゃ、俺もそれに答えて……)
「よく耐えたな。んじゃ、帰るか」
「待ってください。比奈乃様が……まだ比奈乃様が何処かに囚われているはずなんです」
レグルスのその言葉に行人は目つきが変わった。
「何だと? 比奈乃が? 比奈乃もここに来ているのか!?」
「ん、マスター。低杉珍作もまだ討ち取っていない」
「え……誰?」
今回の出来事など全く頭に入っていない行人は軽く混乱する。
「ああっ、痛しの君……」
「ちょっ、舞香様……今、出ていったら危ないて」
「舞香……これもお前の仕業か?」
「はい、真の痛しの君に会いたくて……」
「そうか……」
「痛しの君、磨呂を……磨呂を殴りはしないのですか?」
「え? やだよ、後が怖いし」
「ああっ……また放置プレイをっ! でも、それも良いっ♡」
実は内心ではメチャクチャに甚振られると期待に胸を膨らませていた舞香であった。