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テンプレ勇者にあこがれて  作者: 昼神誠
美心(幼年期)編
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江戸にて

 江戸城に到着した2人は本丸御殿の中庭に降り立つ。

 

「あれ、何かあったのかな?」


 何やら騒がしく側用人達が駆け回っている。


「おお、始祖殿!」


 1人の侍が2人に近づく。


「貴方は?」


「これは失礼した。拙者は阿部籬弘、福山藩第7代藩主で老中首座を務めさせていただいておりまする」


(老中か、将軍の次に権力を持っている役職だったな? さすがは江戸城だ。明晴を殺すにしても先に将軍と会い俺を勇者と認めさせることが先決だ)


 美心は心の中で渦巻く嫉妬の炎を抑え3才児らしく無邪気に振る舞い続ける。


「城内が騒がしいようですが……もしかして黒船来航の件で?」


「いえ、将軍様がお倒れになられたのです。そうだ、始祖殿も来てくださらぬか?」


(この前会ったときはめっちゃ元気だったのに……って今日は6月22日? 史実でも徳川家慶が逝去した日だ。うっかりしていた、美心っちとの約束が守れないかも)


(将軍が倒れただとっ! 俺が勇者だと認めさせる前に勝手に倒れてんじゃねえ!)


 明晴は美心を再び怒らせてしまわないか不安になり、美心は自分のことしか頭にない。

 2人とも将軍の体調を心配する様子は微塵もなかった。


「お兄ちゃん、将軍様がお倒れになったって! 早く早く!」


 明晴の手を掴み引っ張る美心。


(美心っち……将軍様のことがそんなに心配なんだ? うん、そうだね。美心っちは優しい子だから)


「阿部さん、連れて行ってください」


「感謝いたします、始祖殿」


 阿部の後を付いていき本丸中奥にある将軍の寝室へと入る。

 幕府直轄の役人達だろうか男性が数名、幕府お抱えの御典医が診察する様子を静かに見守っている。

 

「阿部様、そちらの御二方は?」


「始祖殿とその弟子だ。将軍様にお目通りさせてはいただけぬか?」


 ゆっくりと明晴の方を見上げる家慶。

 意識はあるようだが呼吸は細く、いつ息絶えてもおかしくないような状態だった。


「明晴殿か……再びお目にかかれるとは……ごほっごほっ!」


「安静にしてください」


「始祖様でしたら治癒術を使えないのですか?」


 1人の男性が明晴に話しかける。


「治癒術は使えます。ですが寿命を伸ばすことはできません。家慶殿は……」


「そ、そんな……父上」


 再び家慶が明晴に話しかける。


「外敵の件……結局、明晴殿に……お手をかけてしまったようじゃの……すまなんだ」


「いいえ、心配になって見に行った時にはすでに戦闘が始まっていましたから」


「じゃが、これからも……外敵はやってこよう。明晴殿、後のことは……息子の家定と朕の……信用できる阿部に任せ……て……あ……」


 蝋燭の火が消えるかのように呼吸が止まる家慶。

 御典医が脈と瞳孔を調べ、その場に居る皆に告げる。


「ご臨終です……」


「うぅぅ、将軍様」


 皆が悲観に暮れる中、美心だけは違っていた。


(嘘……だろ? 次の将軍が即位するまで待てってのか? 相手はこの日本の頂点だ。どうせ貴族お約束のお家騒動ですぐに次の将軍職が決まらないのは分かっている。最悪、そのまま戦乱時代に突入することだってあるかもしれない。そうなると……俺が勇者だと日本中に認める者が居なくなる!? なんで……なんで、こうなるんだよ!)


 美心はこの世界が史実と限りなく近い歴史を歩んでいたことをまだ知らない。

 江戸幕府というのもたまたま同じ名称だけで異世界であることに重点を置いていた。


「う、うわぁぁぁん!」


 美心の中に明晴に対する嫉妬の炎と共に勇者になれなかったモブとしての絶望が訪れ何とも言えない感情が爆発してしまう。


(あーしのバカ! 美心っちに何を見せちゃってんの! こんなに悲しませてしまってんじゃん!)


「美心っち……ごめん。悲しい思いさせちゃったね。ほんとごめん!」


 美心を抱きしめ外に出る明晴。

 必死にあやすが美心は泣き止まない。


「始祖殿、すまなんだ。ほんの数刻ほど前まではお元気だったのだ。それが突然お倒れになり……」


「いえ、いいんです。この日はすでに決まっていたことですので……」


「なんと! 将軍様の逝去も予知で?」


「予知では……まぁ、そういうことにしておきましょう。これから忙しくなるでしょう。私達はもう行きます」


「あ、待ってください」


「家定殿」


「貴方は?」


 阿部が部屋から出てきた1人の男性を明晴に紹介する。


「この方は家慶殿の四男、徳山家定殿。第13代将軍に就く御方です」


 ピタッ


 美心の涙がピタリと止まる。

 そして、何事もなかったかのように明晴の手を振りほどき家定に近付く。


「新しい将軍様?」


 指を咥え無邪気な振る舞いを演技し家定に話しかける美心。


 ドキン!


「か……可愛い! この子は始祖殿の!?」


「やだなぁ、お父上と同じことを聞くなんて……私の弟子の美心ちゃんです。美心っち、挨拶しなさい」


 ガシッ


 家定に抱きつき恥ずかしそうに演技をしながら挨拶をする美心。


「よ、よろちくおねがひしまちゅ」


「なぁに? 美心っち、めちゃくちゃ緊張してんじゃん。マジでウケるんだけど」


「美心くんという名前なんだね。こちらこそよろしく」


(なんだよぉ、びっくりさせやがって。次の将軍が既に決まってるなら媚を売りまくるのは当然だろう。さぁて、次代将軍の口からどうやって俺が勇者だと言わせるかどうかだが……)


 邪念全開で将軍に近付いた美心の意図は他の誰も知らない。


「家定殿そろそろ……」


「ああ、できるだけ盛大に父上を送ってあげなければ」


(えっ、もう行っちゃうの? まだ何も話しできていないのに?)


「しょ……将軍しゃま」


「美心っち? あっ、そういえば……」


「どうしたんだい?」


「1つお願いがあります。この子を勇者として認めさせていただきませんか? 黒船でもあっし以上に英語でアヘリカ人と会話しました。それに彼女にはありとあらゆる国の言語もすべてマスターさせております。外敵がこれから押し寄せてくるこれからの時代には必要かと」


「なんと! 浦賀奉行所からの報告で聞いた翻訳者とは始祖殿のお弟子さんだったのか!?」


 さすがに幼女が翻訳者とは書状に書くわけにもいかず、言葉を濁して報告されていたため幕府内では美心がアヘリカ人と日本の間を橋渡しした存在だと誰も知らなかった。


「勇者がどのような役職かは存ぜぬが始祖殿が申すのだ。あいわかった、簡易的ながら美心そなたを本日から勇者に任命する。阿部、すべての藩にも伝達せよ」


「はは、良かったね美心っち」


 美心の頭を撫でる明晴。

 彼女の中にあった黒い感情はすべて何処かへ吹き飛び幸せの絶頂が訪れていた。


(勇者……えへっえへっえへへへ……俺が勇者として認められた……)


 表情は緩み笑みが溢れて止まらない。


「では始祖殿また後で屋敷に寄らせていただきます……」


 定家と阿部は2人を後に去っていった。


「さてと……それじゃ、あーしらも帰ろっか美心っち」


「うん、おっとうやおっかあに自慢するんだぁ!」


 チョロさに関しては両親に引けを取らないほど単純な美心は明晴に対する悪感情もすべて消え去っていた。

 そして、明晴は長屋へ送り届けた後、美心に無理矢理押し出され仕方なく屋敷へ帰って行ったのである。


(美心っち、自分が勇者になったことを両親に話すためにあーしを追い出したのかな? ま、いいや帰ろっと)


 幕府が用意してくれた屋敷は浅草寺近くの武家地にある。

 使用人が3人ほど置かれ夕食の準備に忙しく動き回っていた。


「ただいま――」


「明晴殿、お帰りなさいませ」


「あれ、誰か来ているの?」


「はい、客間でお待ちになっていただいております」


 部屋着に着替え客間に向かう明晴。

 そこに居たのは阿部籬弘であった。


「始祖殿……」


「おや、早いですね? もうすべきことは済んだのですか?」


「はは、通夜は明日ですから。それに話すことも沢山ありますから」


「……そうですね。老中首座なら尊王派と佐幕派に囲まれ肩が動かしづらいでしょう」


「まぁ、それもありますが明晴殿は攘夷というものをお知りで?」


「ええ、知っていますが今の日本なら言うまでも無いでしょう」


「異国船誰でも打払令により海岸を歩く日本人が撃沈させた外国船は鎖国時から約8000件。それも約半分がここ数十年に集中しています」


「そうですね、これも帝国主義という世界の流れからしたら当然の動きです。でも、民衆たちはよくやってくれているじゃないですか。現状維持で十分なのでは?」


「いえ、幕府の中には徹底的に海外を排除しようとする攘夷派と鎖国をやめ海外と交流しようという開国派まで出てきてしまう始末。国内のことでも2つの派閥が互いを牽制しあっているのに、さらに新しく2つの派閥まで争い初め……」


(やっぱ黒船をどうにかしたくらいじゃ歴史の改変は上手くいかないか。でも、海外へ侵略行為なんてあーしの大事な日本の民草にさせたくないし、やっぱ防戦一方でいくのが安全なんだよね。政治っていうのは上の方でコソコソ動き回って下の者を操るもんだし……)


「阿部さん、開国派だけでも何とかできませんか? 特に同じ老中である堀田麻睦と彦根藩主の井比直弼。この2人は後に幕府を窮地へと陥れる存在になります)


「なんと! 堀田殿が……いや、確かに彼は開国派だ。その点を除けば拙者より仕事ができる。拙者の後を引き継いで頂きたいと思っておるのだが」


「そうですか、今の感じでは彼の影響力は民草に多く与えないと予想されますが問題は次です」


「彦根藩か……今は譜代大名の1つでしか無いが」


「彼は大老を任されることになり尊王攘夷を掲げる人々を弾圧し強制的に開国へ持っていきます」


「なるほど、それで幕府は民草から見捨てられ倒幕運動が盛んになるわけか」


「ま、そういうところです」


「あいわかった、拙者も引退を考えていたがそれもいかなくなったな。始祖殿、時折使いの者を送るので相談に乗ってはくれぬか?」


「私で良ければ……しかし、日中は弟子の指南がありますので」


「はは、分かっております。あの子の目を見ていれば分かる。将来は日本に大きく貢献してくれる大物になるであろうな」


「でしょー、あーしも……ごほん! はい、あの子は心も純粋無垢で綺麗。私も同じ考えです」


「はっはっは、良いお弟子さんを見つけられましたな」


「いやー、本当に。はっはっはっは」


 美心のことをまったく分かっていない2人であった。

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