長州藩にて(其の弐十)
「ぐっ、俺はまだ殺られるわけには……」
ガラッガラガラガラ
吹き飛ばされた銀兵衛が瓦礫の中から出てくると再び太極図の描かれている場所に戻る。
「ふっ、貴様は俺には勝てんよ。銀兵衛……」
(んほぉ、圧倒的強者感を演出! これも一度言ってみたかったんだぁ)
「舐めるなぁ! ぬぅん!」
銀兵衛の両手から巨大な火球が発生し行人に襲いかかる。
「あれは!」
「火の陰陽術なのら!」
「お姉ちゃん、あれって第5境地陰陽術?」
「いいえ、業火じゃないわ。火の玉が大きすぎる。もしかして、第6境地……いえ、それ以上!?」
「お義母様、避けてぇぇぇ!」
ブォ!
火球が行人に直撃すると激しく炎を上げ行人を燃やし尽くす。
「くくく……くわーはっはっは! やはり強がりだったか! 春夏秋冬美心より格段に弱し! ヤツならこの程度の炎、片手で払い除けていたぞ!」
ボォォォォ
「う……そ……」
「お義母様ぁぁぁぁ!」
メラメラと炎が燃え上がるのみで何も起きない。
星々の庭園の皆は美心が死んだのではないのかと固唾を飲み一点を凝視する。
「くくく、終わったな。燃え尽きるのを見るまでもない。ファイヤーハラスメント、俺が理威狩を違反してしまうとは……猛省せねばなるまい」
ブオッ!
銀兵衛が背を向けた途端、炎が勢いよく燃え始める。
「そうだ、確かにこんな感じだったな。あの時は全身大火傷になって救急車で運ばれたんだっけ。懐かしいなぁ……」
炎の中から行人の声が聞こえる。
銀兵衛も度肝を抜かれたかのような表情で後ろに振り返った。
そこには激しく燃え盛る炎のみ。
行人の姿は見えない。
「くく……くくく、最後の言葉だったか。大人しく成仏することもできないとは、何というニルヴァーナハラスメント! 大人しくさっさと往けい!」
ボッボボボ……
炎が徐々に人の形へと変わっていく。
「な、なんだ……何故、身体が燃えつつもその姿を保っているのだ!」
「あれは俺が中学生の頃、テンプレ勇者になりたくて必死に身体を鍛えていてな。やはり勇者といえば魔法使いには劣るものの魔法が使えて当たり前なところがあるだろ? だから必死に魔法の練習をしていたんだ。まずはテンプレの炎魔法。何度も何度も手から炎を出そうとした……だが、まったくその気配はない。俺はその時、理解したんだ。炎の気持ちになっていなければ手のひらから炎など出すこと無理だと。俺はすぐに薪をかき集め巨大な炎を作ったよ。そんで、その中に飛び込み炎の気持ちを理解しようとした。いやぁ、あれはヤバかった。救助が遅れていたら燃え尽きていたからな。だが、そこで俺は悟ったんだ。燃え尽き灰となるまで炎の中にいなければ炎の気持ちなど理解できないと……」
「な、何を言っている?」
「だから炎の気持ちだよ。今、こうやって燃やされてようやく炎の気持ちが分かったんだ。そう、今の俺は炎そのもの……」
「何を言っているんだぁぁぁぁ!」
想像し難い行人の言葉に恐怖すら抱く銀兵衛。
その恐怖心を拭い去るかのように眼前に燃え盛る炎の中に何度も何度も火球を投げ込んでいく。
「ああ、お義母様が激しく燃え盛えていらっしゃるわ!」
「主は最早、神にゃ。神にとって炎など自分自身と何ら変わらにゃいにゃ」
「なんと神々しい……あれこそ真の神だ!」
「ん、マスターは神」
「お義母様はとても強いの!」
「ありがたやありがたや……ッス」
「見事な炎でござるな」
「ええ、今のお義母様はまるで不死鳥のよう……」
人の形に整った炎が収束し行人が現れる。
黒髪だった髪は炎のような赤色にかわり漆黒の瞳孔も美しいサファイアレッドへと変化していた。
「ん? ありゃ、炎が消えちまったぜ」
「お、お前は……誰だ……誰だ、貴様はぁぁぁぁ!?」
「アイ・アム・イフリート」
ブオッ!
手のひらを銀兵衛に向けるとまるでレーザーのような一直線に進む炎が発生する。
「ぐっ! イフリートだと! 何なのだ、それはぁぁぁぁ!」
「ふふっ、イフリートか。お義母様の書かれた叡智の書第7巻第3章第9節に書かれてあった火の精霊の名前だね。全て理解したよ。今、お義母様は火の精霊と化しているんだ!」
「「!!!!!!」」
シリウス達はドヤ顔で言い放ったリゲルの言葉に驚愕し言葉を失った。