長州藩にて(其の十玖)
シ―――ン
春夏秋冬美心が消えた秋芳洞千畳敷にて静寂だけが周囲を覆っていた。
天井から降り落ちる石灰水の水音だけが聞こえる。
「くくく、終わったな。春夏秋冬美心は死んだ! いや、生前に戻った! 残りイビルはあと一匹!」
「おほほほ、けれどこの場は見逃すざます。春夏秋冬美心がいなくなったああた達など最早、烏合の衆同然。春夏秋冬財閥も多くの資産家に買いつくされやがて消え去るでしょう。今から新しい商業を始めるも良し悪魔教へ入信し幸せな日々を送っているヤツらから搾取するも良し。あてくしの雌豚となるならいつでも歓迎ざます。おーっほっほっほ!」
シリウス達は表情が青ざめて何一つ話さなかった。
まるで絶望に叩きつけられたかのような雰囲気に金鶴はその場を後にする。
ガシッ
「さて、この世界で最後となった人外者よ。貴様だけはここで屠る」
「…………お義母様」
レグルスの頭を掴み持ち上げる銀兵衛。
レグルスはシリウス達と同様に目が死んでおり戦意すら失っていた。
「くくく、春夏秋冬美心の消滅に心ここに有らずか。ならば往ねい!」
ボシュッ!
太極図の中心から突如、煙が発生する。
その煙は千畳敷を覆い何も見えなくなってしまった。
「な、何だ! 何が起きている! 春夏秋冬美心は消滅したはずだ!」
「舞香様……いつまで呪文読んでんの?」
美心が消滅しても尚、両手で印を組み呪文を読み続ける舞香。
彼女は低杉とは別の目的があった。
「この気配は……誰だ! そこにいるのは!」
「…………ふむ、なるほどな。そういうことか」
ヒュッ
一筋の風が銀兵衛の右側を通り過ぎる。
ふと気が付くと掴んでいたはずのレグルスが消えていた。
「だ、誰……ですの?」
「今はここで休んでろ」
そう言うと煙の中へと姿を消す謎の人物。
ドゴッバキッズガガッ!
煙の中で鳴り響く打撃音。
何が起こっているのか煙の外にいるシリウス達は理解できないでいた。
ヒュゥゥゥ……ズガァァァン!
煙の中から吹き飛ばされたのは銀兵衛。
顔面が酷く腫れ上がり全身が強い打撲のような傷を帯びていた。
「な、何が起きてるの?」
「マスターにゃ……きっとマスターにゃ!」
「そうなの! マスターに違いないの! 消滅なんてしてなかったの!」
星々の庭園達の目に光が戻り始める。
そして、煙も徐々に晴れ太極図がゆっくりと見えてきた。
「あ、あれは……あれは何だ! ミストレス! どういうことだ!」
「ああっ、痛しの君。やっと……やっと……真の痛しの君を拝めました」
「舞香様、あれが美心姉ちゃんなんか?」
「ええ、そうです。春夏秋冬美心として生を受ける前、こことは別の地球での姿……その名も……」
スッ
太極図の真ん中に立つ謎の人物は右手を上げ人差し指を天に掲げる。
「天道行人……人は俺のことをそう読んでいた。天の道を行き天に認められし漢……ははっ、懐かしいなぁ」
「だ……誰だ! 誰だ貴様はぁぁぁぁ!」
「神……」
「ああ、神様だ……」
「やはりお義母様は神様の生まり変わりだったんだ!」
星々の庭園で娘として育てられたシリウス達は肌で感じていた。
見た目は知らない好青年ながらもその話し方や仕草の一挙一動が美心そのものであることに。
「ああっ、磨呂はもう我慢できません! 痛しの君ぃぃぃ♡」
基地から飛び出し行人のもとへと向かう舞香。
「あっ、待ってや舞香様!」
「ふ、ふざけるな……春夏秋冬美心の前世だとっ! あんなのに……あんなのにチャーシュー民主主義人民共和国が潰されてたまるか!」
「そういうてもなぁ。舞香様の計画の一部しか聞いていなかったあんたが悪いんとちゃうん? 悪いけどうちは舞香様の側付きやから行くで」
ずんも舞香の後を追っていく。
室内に残された低杉は怒りのあまり周りのものを蹴飛ばし暴れ回す。
「はぁはぁはぁ! 生まれる前に戻すって誰がどう聞いても消滅させるのだろうと思うだろ! それが何なんだ! 前世の姿だと!? ……いや、待てよ? あくまで脅威だったのは春夏秋冬美心……あの男がそこまで強いとは限らないか?」
ニチャア
低杉は不気味な笑みを浮かべ武器庫へ足を運ばせる。