長州藩にて(其の十参)
「感情がない……ならば、こちらも感情を捨て相手をするまで」
スッ
シリウスは構えを解き剣を持った手をだらりと下げ燐林の前に立ちつくす。
「あれは……無形の位ッスか? シリウス、何を考えて……」
「ふふっ、僕には分かるよ。シリウスは勝てないことを早々に理解し戦うことを諦めたんだ。次は僕の出番かな? まったく……プロキオンの治療をしないといけないというのに……はぁ、まったく」
「違うと思うでござるよ。無形の位は一見無防備なようでござるが、敵のいかなる攻撃に対しても千変万化で自由自在に対応できる構えでござる。フォーマルハウト、シリウスの武器にパリィの付与を」
「わ、分かったッス。付与陰陽術、流々《りゅうりゅう》」
シリウスの武器が淡く光り輝く。
先にかけた耐久度増量と攻撃力増加の付与に加え、相手の攻撃の受け流し成功率が格段に上昇するエンチャントである。
「そっか……自身の技量に関係なく武器が意思を持ったかのような付与陰陽術があるとすれば……」
「そうでござる。パリィのエンチャントよりも更に高度な付与術式が燐林の刀にかけられていると拙者は予想したでござる……」
シュン
シリウスの眼の前から燐林が消える。
ふと気が付いた頃には既にシリウスの眼前におり太刀を鞘ごと振るう。
パリィィィン
「!」
燐林の一太刀が軌道を変える前にシリウスがその太刀を大きく往なす。
すると彼女の胴がガラ空きになり、そこにシリウスが武器を持たない右手で殴りつける。
ドゴッ!
「かっ……はっ……」
「やったッス! これで二撃目!」
「ふふっ、さすがはシリウスだね。僕の計算通りだ」
「リゲル、さっきと言っていること違うでござるよ」
ガクガクガク
「コヒューコヒュー」
燐林の呼吸がおかしい。
うまく息を吸えないのか足が痙攣し、やがて立っておられずその場に座り込んでしまった。
「横腹を強打したせいよ。肺にダメージがあるため暫く呼吸が上手くできないと思う。その場で休んでいれば、いずれ回復すると思うわ」
コクッ
燐林は頭を縦に振るい先に行くよう鍾乳洞の奥地に指を向ける。
「シリウス!」
「大丈夫ネ?」
「ベガ、ミモザ、貴女達も勝ったのね」
「勿論ヨ。ベガの怪力があれば余裕ネ」
「ふふん!」
「プロキオン、立てるかい?」
「ああ、何とか……ただタンクとしては役に立ちそうもないでござるが」
「それじゃ先に進みましょう」
シリウス達は秋芳洞を奥へと進みやがて千畳敷に到着する。
そこには十字架にかけられたレグルス達の姿があった。
「レグルス! スピカ!」
「にゃっ!?」
「シリ……ウス……ですの?」
「シリウスちゃんなの! 凄く凄い久しぶりなの!」
「まさか、エゲレスから戻ってきたの?」
「詳しい説明は後でござる。まずはここを離れるのが先決……ぐっ!」
「プロキオン、凄い怪我!? うちが治療する! この拘束具を解いて!」
「ああ、そのつもりだよ」
シリウス達がレグルス達の拘束具を触っている時であった。
「くくく、まさか俺を無視しているのか? それはイグノアハラスメントというものだよ」
「こ、この声は……」
ガクガクガク
カノープスの表情が青ざめ激しく震えあがる。
「や、ヤツにゃ……ヤツがここにいるにゃ!」
「ヤツって?」
「ん、カノープスを瀕死にした敵?」
コッコッコッ
更に奥地へと続く鍾乳洞の通路から1人の男が姿を現す。
その姿は明治の世に相応しくない漆黒のスーツにサングラスをかけていた。
「くくく、鬼兵隊四柱の内、3人を倒したか? だが、奴らは四柱の中でも最弱!」
「ねぇねぇ? 4人の内3人も最弱って有り得なくない?」
「最も弱いのは1名だから日本語的にはおかしいわね」
怖いのでコソコソ話をするかのように小さな声で突っ込むデネボラとリギル。
「あいつらが最弱って……だったら、最強は貴方ということネ?」
「くくく、そういうことだ。さて、始めようか。俺は悪魔教特別査問管であり、チャーシュー民主主義人民共和国鬼兵隊四柱第一柱、金原銀兵衛! 春夏秋冬美心の私兵共よ! 圧倒的な暴力というものを見せてやろう!」
最強の敵とのバトルが今始まる!