長州藩にて(其の十弐)
「プロキオン!」
リゲルとフォーマルハウトがプロキオンの傍に向かい介抱する。
リゲルが必死に練習した治癒陰陽術をプロキオンに注ぐ。
「シリウス、敵がこっちに来ないように頼むッス!」
「ええ、分かっているわ。次は私が相手よ、燐林!」
「…………」
燐林はシリウスの方を向き再び居合抜きのような構えを取る。
(彼女の斬撃が何処から来るのかまるで分からない。けれど、これだけは理解できたわ。斬撃の前、彼女が取る行動は必ず鞘から刀身が少しだけ出す……そこにさえ注意すれば……)
ヒュッ!
一瞬で間合いを詰め一文字斬りを繰り出す燐林。
シリウスも日本刀の扱いには自身がある。
同じく左一文字斬りで応対し、彼女達の太刀筋が衝突する瞬間であった。
クンッ
再び有り得ない角度で燐林の太刀筋が逆袈裟斬りへと変わる。
「!」
シリウスの顔面すれすれに燐林の逆袈裟斬りが通り過ぎていく。
「…………?」
「くっ!」
シュッ
燐林から距離を取るシリウス。
薄皮一枚斬られており頬からうっすらと血が滲み出る。
(斬られた? 鞘から抜いていないのに何故斬られたの? もしかして振った勢いで鞘から刀身が出た? でも、彼女が意図しないところで斬撃が発生するなんて有り得るのかしら?)
「……………ふぅ」
「疲れたのかしら?」
溜め息にシリウスが声を掛けると燐林は首を縦に振る。
(レグルスらを助けたいけど急ぐあまりにここで殺られてはいけない。それにプロキオンの容態も気になるわ。だから……)
カチャ
刀を鞘に納めるシリウスが燐林に声をかける。
「いいわ、少し休憩しましょう。この間、互いに攻撃はしない……約束できる?」
コクッ
燐林は首を縦に振り通路に正座する。
シリウスもリゲルの下へと駆け寄りプロキオンの容態を聞いた。
「プロキオンは?」
「腹部にかなり深い傷が……腸まで斬られているみたいだ」
「まずいッス……」
「ずっと練習していたけれど貴女の治癒陰陽術で治る?」
「治してみせるさ。カペラのようにね」
「ぐっ……シリウス、あやつの攻撃は……」
「全く理解が及ばないわ。見極めるため逃げに徹したいけれど彼女の動きが素早すぎて……」
「鞘から抜いた時……少しだけ見えたでござるよ……あの刀身にはエンチャントが……ごぼっ!」
血を口から吐きながらもシリウスに話を続ける。
「エンチャントって……ここに付与陰陽術師なんてフォーマルハウト以外いないわよ?」
「おそらく……鞘に秘密が……ごほっごぼっ!」
「プロキオン、それ以上喋っちゃ駄目だ。シリウスも怪我人にあまり質問をするな」
「え、ええ……ごめんなさい。そうか、エンチャント……確かめてみる価値はありそうね。やってみるわ」
「シリウス、その武器に攻撃特化のエンチャントを付与するッスよ」
「ええ、お願い」
数分後……燐林がゆっくりと立ち上がりシリウスに太刀を向ける。
「もう休憩は良いの? それじゃ、第2ラウンドね」
燐林は首を縦に降り構えを取る。
(エンチャント……何らかの作用する陰陽術が付与されているなら確かにあり得ない軌道を描くことにも辻褄が合うわ。でも、その正体を見極めることが私に出来るかどうか……いいえ、弱気になっては駄目ね。やってみせる!)
ヒュン
ガキィィィン!
燐林が高速移動しシリウスの眼前で左一文字斬りを繰り出す。
勿論、鞘から太刀を抜いていない。
だが、遠心力により刀身が鞘から少し見えていることにシリウスが気付く。
(見えた! あれは何? 何か文字が彫って……)
クンッ
再び斬撃が有り得ない曲がり方をし逆袈裟斬りへと変わる。
「くぅぅぅ!」
何とか薄皮一枚斬られるだけで躱すことに成功したシリウスはそのまま燐林の右肩に刃を通す。
プシュッ
「やった! 敵に一撃を与えたッス!」
ポタッポタッ……
「…………」
自身の身体に傷を付けられたというのに表情を何一つ変えない燐林。
シリウスはその様子に幼き頃のコペルニクスを思い出した。