長州藩にて(其の捌)
秋吉台秋芳洞、日本最大の鍾乳洞であるこの場は低杉珍作の命により巨大な秘密基地へと改良されていた。
「おほほほ、実に素晴らしいざます。流石は悪魔教。幕府や全藩からチューチューしたお金でこのようなものを建設するなんて」
「で、ミストレス様。ここに美心姉ちゃんを連れてきて何すんの?」
「痛しの君、ふと気付きましたが今のあの御方は本当の痛しの君ではないのです」
「? 美心姉ちゃんは美心姉ちゃんやろ? 何言うとんねん」
「ふふ、今に分かりますよ」
秋芳洞内にある千畳敷は広大な洞内空間である。
その場へ等間隔に9本の十字架がかけられ連行されたレグルス達が縛り付けられる。
床には巨大な陰陽を表す太極図が描かれていた。
「一体、何をするつもりなんですの!?」
「くそっ、十字架とはマスターに見せつけて怒りを買うだけだぞ!」
「ムジカ、鎖を引き千切れないのら?」
「無理なの。なぶん、普通の鎖じゃないの」
「お姉ちゃん……」
「大丈夫……大丈夫よ。マスターなら何とかしてくれるわ」
「ちょーヤバいって! なんか、この空間すごくやな感じがするし!」
「ん、膨大な陰陽力が地面から感じる」
「にゃふぅ、ちょっとは静かにするにゃ」
皆、不安な故各々に思ったことを口にする。
そこから数時間。
「お腹が減ったの……」
「河豚が食べたいなぁ。下関の河豚……」
未だに美心の姿は無い。
そして、翌日……。
「一体、いつまでここに放置しておくのだ!」
「まさか、マスター……あいつらに殺られて?」
「そんなはずないですわ!」
「レグルスの言う通りよ。マスターがあのような者らに殺られるはずがないわ」
更に翌日。
「…………」
「…………」
十字架にかけられたまま長州藩士から放置され続けるレグルス達。
丸二日、食べ物を口にしていないため喋る気力さえ失っていた。
「むふぅ、現れないですね」
「低杉様、春夏秋冬美心はあの者らを見捨てたのでは?」
「いや、そんなはずはない。ヤツは慈愛に溢れた女だ。例え拾ったガキであろうと大切に育てるヤツがここに来て見捨てるはずなど無い!」
幹部席に走って近付くモブの長州藩士。
何やら慌てた様子で姿勢を低くし低杉に話しかける。
「た、たた、大変です!」
「春夏秋冬美心が来たか?」
「いいえ、星々の庭園の者ら約30名! 先頭にはシリウスと思しき女が!」
長崎出島から2日かけてやっと辿り着いた秋吉台には何も無かった。
シリウス達は進路を秋芳洞に向け鍾乳洞内へと侵入したのである。
「なるほど……そういう事ですか」
「春夏秋冬美心ぉぉぉ! 俺ら長州藩士を正面切って相手にするまでも無いということか! 舐め腐った女め! 後悔させてやる! 鬼兵隊四柱を奴らの下へ向かわせろ!」
「四柱を!? 我ら、独立先行部隊を放ってですか?」
「お前らの仕事は既に考えている! 春夏秋冬美心だ! あの女をここに連れてこい!」
「くふっ、ご命令のままに」
瀬取と大造寺が低杉の玉座から離れ鍾乳洞を後にする。
一方、その頃シリウス達は秋芳洞内、青天井付近に到達していた。
「電気がひかれているわね」
「ふふっ、人の手が入っている……ということはどうやらフォーマルハウトの言う通りのようだね」
「ここにレグルス達が捕らわれているでござるか」
「アンセル達を入口前に展開させておいて良かったのかなぁ」
「入口だからだよ。この洞窟が一方通行ならあの場は死守しなければ僕らも閉じ込められることになるからね」
「リゲルの言う通りッス。それよりも先に行ったマスターが心配ッス」
「大丈夫ネ。マスターが既に救出していると吾輩は思うネ」
「それなら良いのだけれど……みんな、止まって」
眼の前にうっすらと人影が見える。
シリウス達は武器を手に取り相手に近付く。