長州藩にて(其の漆)
山口城、ここに比奈乃と静は連れて来られていた。
「静様、この御方が貴女様の夫となる低杉珍作様でございます」
「ふっ、来たか。毛利静。チャーシュー国の女王」
「何なのだ貴様! この城を我が物顔で使い我が父上と母上はどうした!?」
「くくく、まぁそう急かすなよ。ものには何事も順序と言うものがある。お前が俺と式を上げる時、会わせてやるよ」
「ふざけるな! 誰が貴様のような得体の知れない者と結婚できようか!」
2人のやり取りを隣で見ている比奈乃は思う。
(静ちゃん、演技が凝ってるなぁ。それにエキストラの大ボスらしい男性も。この先の展開って静ちゃんが結婚する流れなのかな? 嫌だけど両親のために結婚する……うーん、テンプレだなぁ。よくある展開だし小説で何度も見たわ。ここであたしが出しゃばってもいいなら設定を面白くできそうなんだけど……その前に長州藩を観光したいわ。折角、遠くまで来たんだもの。何よりもまず観光よ)
「ちょっと良いかしら。観光はいつ出来るの?」
「「!!!」」
ザワザワザワ
比奈乃の突然の発言に周囲の者がざわつく。
ごっこ遊びを展開中だということは比奈乃も理解《誤解》できていたが、この城に連れられて丸二日経っていたことに彼女は我慢の限界を迎えていた。
話を割って入らないと発言する機会は失ってしまうと思い言葉を発したのである。
「くっ……くくく、そうか観光か。何故、春夏秋冬比奈乃までいるのか疑問だったが静と観光目的で付いて来たか? くくく、くわーはっはっは!」
「な、何よ。夏休みだし別にいいじゃない」
「ああ、そうだな。静よ、春夏秋冬比奈乃に長州藩の素晴らしさを伝える機会をやろう。婚前の唯一の自由時間だ。ただし、2人に警備を付けさせてもらうがな。間久部、お前が2人を守れ」
「御意」
(ほっ、やっと観光できるのね。エキストラさんも演技を崩さず中々やるじゃないの。私も見習わないといけないわね)
そうして天守を離れる比奈乃と静は長州藩の観光へと出ていった。
そんなことはいざ知らず山口城にある牢獄にレグルスらは閉じ込められていた。
ガンッガンッ
「やはり開かんな。特別な術が付与されているようだ」
「皆が無事なのは安心できましたわ」
「ん、でもここは何処?」
「それが分からないんだって。うちらが気付いた時には既に牢獄にいたし……」
「にゃふぅ……兎に角、今は身体を休めるにゃ。脱出の機会は必ず訪れるにゃ」
「流石カノちゃんなの。潜入のスペシャリストは言うことが違うの」
「お姉ちゃん……」
「大丈夫よ、カノープスが言う通り必ずその時は必ず来るわ」
「フォーマルハウトだけ上手く萩城を脱出できたのら?」
「分かりませんわ。でも、そうだと信じるしか……」
皆が相談している時、2人の男が牢獄前に姿を現す。
瀬取と大造寺だ。
「むふぅ、さて準備は整いました。皆様を秋芳洞へご案内いたしましょう」
「秋芳洞? なんだそれは?」
「日本最大の鍾乳洞ですわ。そこに案内って……」
「ん、フォーマルハウトはどうしたの?」
「くふっ、春夏秋冬美心を連れて来させるため出島へ向かわせました。今頃は彼女に説明しているところでしょうか?」
「マスターが!?」
「日本に帰ってきているのか?」
「ええ、なんせこの国を盗ることとあの女を倒すことは同義ですからねぇ。春夏秋冬美心がいない幕府など瞬く間に滅びるでしょう」
「貴方達、お義母様を甘く見過ぎですわ。返り討ちに合うという言葉を長州藩に送りますわ」
「くふふふ、良いですねぇ。是非、そのようになってほしいものです」
「? どういうこと?」
「では、水牢」
ドプン
全員を水塊に沈め牢獄を後にする瀬取と大造寺。
両手両足を縛られている中、安易に動けず大人しく秋芳洞へと移送されるのであった。