出島にて
長崎出島、鎖国中の日本で寄港が許されている外国船が唯一留まれる場所である。
ここに一隻のエゲレス船が到着した。
「ついに戻ってきたわね」
「ふふっ、数年ぶりの日本。なかなか感慨深いものがあるじゃないか」
「京都まではまだ先だよ。旅は帰るまで油断しちゃ駄目なんだよ」
「ベガ、そう言わないでござる。懐かしむ気持ちも必要でござるよ」
「ここが日本……ですますか?」
「ええ、そうネ。でも、半分海外と言っても過言ではない場所だけれど……」
コンコンから船で帰港した美心とシリウスらが出島の地に足を置いた時だった。
ヒュゥゥゥ
「ん? ありゃ何だ?」
「お義母様?」
ズガァァァン!
「どわっ! あっぶねぇぇぇ……」
美心の足下に何かが落ちる。
「フォーマルハウト!?」
「何故、お主が?」
それは瀬取が萩城から蹴り飛ばしたフォーマルハウト。
数百キロの空を渡って来たのである。
シリウスらは驚きを隠せないでいた。
ピクピク……
瀕死の状態で意識を失っているフォーマルハウトを見て美心はふと思い出す。
「そういやカペラはどうした? あいつに治療させんとこりゃヤバいぞ」
「!!!」
その言葉に対する言葉を返せないシリウス達。
そこにミモザがこう返答する。
「マスター、カペラはまだエゲレスネ。でも、安心するネ。リゲルが……」
ミモザも未だ勘違いしたままであることに気付きシリウスが勇気を出して答える。
「ミモザ、それは違うの」
「何が違うネ?」
「ふふっ、そうでありんす。今、拙はリゲルの身体の中……マスター、治癒陰陽術は今はまだ使えないでありんす」
「あ……ちが……ああ、もう」
シリウスが続きを話そうとした途端リゲルが声を発する。
うまく説明できないことに状況が悪化していく中、ここで話しても無駄であると理解したシリウスは後で美心とミモザに説明することにした。
だが、この状況が混沌としていることは変わらない。
(え、どういう設定? リゲルの中にカペラ? ははぁん、なるほど……二重人格設定か。リゲルめ、中二病を最も煩わせそうな性格だったし、ここはそういうことにしておいてやろう。おそらくカペラはエゲレスに置いてきたのだろう。ま、あいつなら1人でもやっていけそうだし放っていてもいいか)
「ふふふ、そうか。なら、カペラよ一刻も早くリゲルの身体で回復陰陽術を使えるよう精進するように」
「はっ、承知したでありんす」
(流石はお義母様だわ。リゲルの心を傷付けないためカペラの死を思わせる言葉を一切出さずに話を終わらせた。おそらく、今のやりとりで全てを理解したに違いないわ。なら、私が説明することなど不要ね。ミモザにだけ後で話すとしましょう)
カペラの死を美心が知るのはここから数年後になってのことなどシリウスは思いもしなかった。
「なら、俺が……」
キィィィン
優しい光がフォーマルアウトを包むと傷がみるみると消えていく。
「う、うう……」
「気が付いた? 久しぶりね、フォーマルハウト」
「まったく、何があったんだい? 急に空から落ちてくるものだから驚いてしまったよ」
「フォーマルハウト、聞こえているでござるか?」
目を開けると見慣れぬ土地に大人になったシリウス達の姿。
その向こうに美心がいることに気付いたフォーマルハウトは声を出す。
「マスター! 秋芳洞へ……ごほっごほっ!」
器官に詰まった血を吐き出すフォーマルハウト。
まだ説明などできていない中、またしても美心は早とちりする。
(え? いきなりなんなの? 秋芳洞? 山口県の秋吉台にあるでっかい洞窟だろ? それが何かした……ははぁん、ごっこ遊びの場所か。こいつら、俺が留守にしている中、好き勝手に他人様の土地を使ってごっこ遊びをしているんだな? 洞窟と言えばダンジョン。きっとダンジョンを制作中に崩落でもしたんだろ。先程の怪我はそのためできたもの。うむ、それなら理解できる。だが、わざわざ出島まで来て助けに乞うということは何名か巻き込まれたか? 確かに大変だな。仕方ねぇ、行ってやるか)
「うむ、分かった。シリウス、フォーマルハウトを連れて秋吉台まで後で来い。俺は先に行っている」
「え? 秋吉台って長州藩ですか? 確かにお義母様にとってはそれほど距離は離れていませんが……」
ブンッ
空を飛びシリウスらを置いて彼方へと消えていく美心。
それを見てフォーマルハウトは思う。
(まだ全てを説明できていないのに理解なさるなんて……流石はマスターッス。マスター、どうかコペルニクス達を助けてやってほしいッス)