津和野藩にて(其の捌)
街道に出ると宿場町は相変わらず酷い荒れ様である。
幸運だったのはレグルスらを捕まえようとする津和野藩士の姿はなく宿も簡単に見つける事ができた。
「よっこいしょ」
ドォォォン
巨体のアルデバランを降ろすムジカ。
「改めて見ると酷い傷ですわね」
「はは、感覚がまったくないでごわすよ」
「アルデバラン、すまないッスが右手は切り落とすしかないッス。細胞が壊死してはデネボラの治癒陰陽術も効かないッスからね」
「フォーマルハウト、おいどんの義手作れるでごわすか?」
アルデバランの質問に同じことを考えていたようで笑顔で答えるフォーマルハウト。
「実は移動中、素材を何にするかずっと考えていたッス。星々の庭園唯一の鍛冶師の腕で作ってみせるッスよ」
「では、ひと思いにやってくれ!」
レグルスが鋼糸鉄線をアルデバランの右腕に巻く。
アルデバランはタオルを口に含み舌を噛まないようにすると目線を送る。
「いきますわよ」
ピンッ
「ぬぅぅぅ!」
すぐに消毒液で切断面を洗い動脈を縫合するレグルス。
大量のガーゼを巻いた後、他の凍傷を起こしている部分をお湯で温める。
「これほどの冷気を操れるあの女、それに黒い炎を使いこなした男、もう一人の彼は何を使えますのか知りたいですわね」
「ヤツは多分炎使いッスよ。レグルスが斬った男の金剛石を発火させるほどの威力を持っていたッス」
「土使いの長州藩士にコペルニクスが、水使いにリギルが、雷使いにアンタレスが、氷使いにアルデバランが、黒炎使いにスピカがそれぞれ大きな傷を付けられたことになりますわね」
「奴らの言う独立先行部隊は一体、何人いるのだろうな。他の隊員も心配だ」
「ええ、特に単独で各藩に潜入している者達が……連絡を取れたら安心できますのに」
「少なくとも風使い、光使い、闇使いはいると思ったほうが良さそうッス」
「ああ」
「ええ」
スピカも外傷は簡単な消毒をしてもらったが折れた肋骨まではどうにもならない。
皆が寝静まり翌朝を迎えた時、外が何やら騒がしい。
「むひょ―――別嬪さん、どこに行くむひょ? 儂の相手をしてくれむひょ―――」
「ちょっと離してよ!」
「ん、断罪する」
「ダメダメダメ! コペルニクス、一般人相手に暴力は駄目だって!」
「余計なトラブルは困るにゃ!」
昨日の酔っ払いが宿の前を通りかかった馬車を操縦するデネボラの腕を掴み引きずり降ろそうとしていた。
「デネボラ!」
「こっちッス!」
宿の窓から顔を出すレグルスとフォーマルハウト。
「あ、みんな!」
「やっと合流できたわね」
「ん、お待たせ」
酔っ払いをリギルが上手に追いやると後続組がレグルスらの客室に入る。
アルデバランとスピカの痛々しい姿に表情が固まるのは当然であった。
「まさか……」
「ああ、長州藩士にやられた」
「んもう、またアタシ達を狙ってきたの?」
「断罪するのに変わりはない。あたし達はそのために長州藩に向かっている」
「それよりもアンタレスは?」
レグルスが後続組にふと疑問を投げかける。
「「えっ?」」
「「え?」」
暫しの間、室内は静寂に包まれた。
「アンタレスはレグルスらと一緒に行ったんじゃなかったん?」
「ああ、そういうことですのね。これは想定外でしたわ」
福山城を素通りしてしまったことを理解したレグルスはすぐに手紙を書き記し宿の女将さんに預けた。
「福山藩まで戻っている暇はありませんわ。アンタレスは置いていきますの」
「それしかないな」
「なんかゴメン」
「デネボラが謝ることではないでごわす。それよりおいどんとスピカの傷を頼めんか?」
「あっ、すぐにやるね」
デネボラが治癒陰陽術をかけている間にこれからのことを相談するレグルス達。
「では、萩城までこのまま進むということでよろしいわね」
「うッス!」
「ちょっといいかにゃ? にゃろを二条城で襲撃してきた相手は多分、長州藩士じゃにゃいにゃ」
カノープスが今ここで話しておくべきだと思い皆に話しかける。
「そうなの? カノちゃん」
「にゃ、以前も襲われたことがあるにゃ。レグルス、黒メガネをかけたあいつにゃ」
「そう言えば、そんなことがありましたわね。あの時はお義母様が助けてくれましたが……」
「にゃ、ここからはにゃろの想像ににゃるけど長州藩士の裏に何処かの組織が関わっている気がするにゃ」
「どこかの組織って……まさか!?」
「悪魔教にゃ」
「やはりな……」
「ん、あたしに傷を負わせたヤツも悪魔教徒だったし、比奈乃様も悪魔教が裏にいると仰っていた」
「某らに襲い来るのは長州藩士だけでなく悪魔もいるということだな」
スピカの言葉に皆が頷き暫くの間、沈黙が辺りを包む。