津和野藩にて(其の漆)
刀身を見つけたフォーマルハウトは一目で見て理解する。
(これにはまだ自分のかけたエンチャントが生きているッス。この武器にかけたエンチャントは硬化と澎湃。水属性の付与がどうして……そうか! 刀身が濡れているお陰であの女から漏れ出す冷気だけで凍り付き雪獄の影響を軽くしていたッスね! だとしたら自分の持っている10本の苦無に澎湃をエンチャントし……)
急いでムジカのもとへ戻るフォーマルハウト。
「ムジカ、これをヤツに投げるッス! それも全力で!」
「分かったの!」
手渡す苦無を受け取ると雅致華の方向を向くムジカ。
雅致華はスピカに集中しすぎて背後に気付いていないようだ。
「まずは1本目。全力で……投げるのっ!」
ブンッ
怪力のムジカが投げる苦無は常人が投げる速度を遥かに凌駕していた。
最早、その速度はライフルから放たれた銃弾と同等であり一瞬で雅致華の左足を貫く。
ドスッ!
「ぎゃっ!」
「当たったッス!」
「まだまだ……投げるの!」
ドスッドスッドスッ!
運動神経抜群のムジカは10本の苦無を全て雅致華に命中させる。
「いだぁぁぁぁい! 痛い! 痛い! 痛い! おのれぇぇぇぇ!」
倒れても尚叫び続ける雅致華。
かろうじて意識は残っているようだ。
「くふっ、やりますね。右京、帰りますよ」
「!」
「あんたは戦わないッスか?」
「ええ、満身創痍の貴女達相手なら刹那の間に仕留めてしまいそうですからね。楽しくもない一方的な殺しはしない主義なのです。次は萩城で……いや、秋吉台で会いましょう。くふふふふ」
そう告げると瀬取は雅致華を担ぎその場を去って行った。
「秋吉台……そこに何かあるんスかね?」
「つ、疲れたのぉ。長州藩士、強すぎなのぉ」
ムジカは大の字で地面に倒れ込む。
彼女とフォーマルハウト以外はボロボロで暫くの間、誰も動かなかった。
「フォーマルハウト殿」
「村長さん、怪我人は?」
「いえ、誰も」
「それは良かったッス。それより、村を永久凍土にしてしまってすまないッス」
「いやいや、フォーマルハウト殿が謝ることではありませぬ。それに夏なのに氷が作れて、これで少しは商売ができそうですわい。ふぉっふぉっふぉ」
「そッスか……そうッスね……」
フォーマルハウトは決心したかのように間を置き村長に告げる。
「村長さん、自分ここを離れるッス。奴らを何とかしないと……」
「ええ、長州藩が全ての原因なのでしょう。この藩の藩主もおそらく……儂らなら大丈夫ですわい。行ってくだされ」
「すまないッス!」
ズリズリズリ
足を引きずりながらスピカがフォーマルハウトのもとへやってくる。
「では、某らと来てくれるのだな」
「そッス。自分がサポートするッスよ」
「やったの! フォーちゃんと一緒なの!」
「アルデバランは?」
「は、はは……生きてはいるでごわす。だが、全身の感覚が……」
アルデバランは重度の凍傷にかかっていた。
雅致華の雪獄に直接触れた右手はすでに細胞が壊死し色が黒くなってしまっている。
「デネボラちゃん達は今どの辺りまで来ているのかな?」
「わからん。街道外れのここでは見逃してしまうかもしれぬな」
「アルちゃんを宿場町までムジカが運ぶの」
「う、うぅ……あら? 戦いは?」
レグルスが目覚め起き上がると辺りを見回し話す。
「ヤツなら逃げたさ。またもや、こちらに多大な被害を与えてな」
「そう……ですの。それにしてもこの寒さは?」
「あの女がやったの。すごく強かったの」
フォーマルハウトが説明するとすぐに理解し現状について話すレグルス。
「一度、宿場町まで戻り何処か泊まれそうな宿を。アルデバランとスピカの治療を優先しますわ。妾とムジカだけで先行など虎の穴に飛び入るようなものですし……」
「そうだな。デネボラらと合流するまで待っていても良いかもしれん」
「きっと馬車に乗って追ってきてるの。合流したほうが早く長州藩に着くと思うの」
彼女達は村の者に一礼をすると村を離れ宿場町に戻って行った。