津和野藩にて(其の陸)
アルデバランの傍で雅致華を睨みつけるムジカ。
「カノちゃんに続いてアルちゃんまで……許さないの!」
「ふわぁ……だったら、かかってくるですぅ♪」
ムジカは両手で強く大鎚を握りしめ雅致華に向かって走り出す。
「いけないッス、ムジカ! その女に接近戦は命を捨てるようなものッス!」
「わぁぁぁぁぁ!」
「くふっ、涙を流し特攻ですか。激情に走った小娘ほどみっともないのはありませんね」
「その武器、おっかないから壊しますぅ」
雅致華が人差し指をムジカの大鎚に向けた瞬間。
ピキッ
バキッ!
「なっ!?」
「武器が凍って壊れたッス!?」
「くふふ、彼女の二つ名は絶対零度ですよ。全てを凍てつかし分子レベルで破壊することなど造作もないことです」
「ムジカの大鎚が……フォーちゃんに作ってもらった大切なお友達が……う、うわぁぁぁぁ!」
ムジカは再び雅致華に向かって拳を振り上げ走り出す。
「ムジカ、武器無しじゃアルデバランと同じ結末を辿るッス! 止まるッス!」
「わぁぁぁぁ!」
「おやおや、聞こえていないようですね。ああ、そう言えば彼女の頭の悪さは星々の庭園でもトップクラスでしたかな? くふふふふ」
ヒュッ
ドスッ
「えっ?」
「な、何なの!?」
雅致華の右肩に背後から突き刺さる折れた刀の先端。
「は、はは……ざまぁ……」
雅致華から数百メートル先に倒れていたスピカが呟く。
彼女が最後の力を振り絞り折れた刀を投げたのだ。
「い、痛ぁぁぁぁい! 痛い! 痛い! 痛い! 痛いですぅぅぅ!」
「ふむ、これはまずいですね」
ブォォォォ
雅致華の周囲の空気が凍りつきダイヤモンドダストが起き、その範囲が徐々に広がっていく。
「くふふふ、少し離れましょうか。その距離では巻き添えを食らうことになりますよ。レグルスも危険ですね。離してあげなさい」
「随分優しいッスね? これも余裕から来るものッスか?」
「くふふふ、まぁそんなところです」
フォーマルハウトは倒れているレグルスを抱えムジカの傍へ向かう。
「ムジカ、ここから離れるッス。なんかとんでもない攻撃がくるみたいッスよ。スピカ、肋骨が骨折している状態で下手に動くのは危険ッス! その場から動いては駄目ッスよ!」
そう言うと雅致華から距離を取る2人。
ムジカはその怪力で倒れるアルデバランを引っ張り雅致華から距離を取った。
暫くするとダイヤモンドダスト減少は収束するが周囲が一変していた。
「くっ、何だこれは! 今は夏だぞ! 何故こんな!」
「まるで南極に来たみたいッス」
「全部が氷の中なの!」
「な、なんじゃぁ!?」
「儂の村がぁぁぁ」
一か所に集められていた村人達も驚きを隠せないでいた。
それもそのはず。
地面は分厚い氷に変わり気温はまるで真冬以上の寒さに達していた。
「くしゅん! マスター特製のボディースーツを着ていなければ危険だったッス。村人達が凍死するまえに何とかしないとやばいッス」
「天牢氷獄、この技を見たのは何年ぶりでしょうか? 周囲が永久凍土と化すこの土地がもとに戻ることはないでしょう。村人には悪いことをしましたね」
数十メートルの範囲を永久凍土と化した中心に立つ雅致華は肩に刺さった刀身を引き抜き投げ捨てる。
「お前……お前お前お前お前お前ぇぇぇぇ! お前は肉片も残さないほど凍り付かしてやるんですぅ!」
スピカに向かって走り出す雅致華。
こちらに向かってくるスピカは痛む身体を奮い上がらせ根性で立つ。
「スピカ、逃げるッス! そいつに近付かれたら凍死してしまうッス!」
「うぉぉぉぉ! だったら……近付かれる前に!」
スピカは陣を両手で組むと火球を生み出し雅致華に向かって投げる。
だが、彼女の周囲に常に存在している雪獄により炎は消えてしまう。
(おかしいッス。なぜ、スピカの投げた刀身は彼女に刺さったッスか?)
フォーマルハウトは抱えたままのレグルスを横にさせると雅致華が投げた刀身を探しに移動する。