津和野藩にて(其の肆)
ピクピク……
「自分が見てくるッス!」
「お願いしますわ!」
スピカの容態を確認するためフォーマルハウトが移動するものの、レグルスは眼の前の大奥から目を離すことが出来ずにいた。
(さぁ、どうしたものですの。妾の攻撃は効かない。なら妾が防御に回って……でも、それではヤツに決定打となる攻撃が……ああっ、どうすれば良いですの)
レグルスが動かないため先に動いたのは大奥だった。
「おめぇもサンドバックにしてやんよ! レグルスぅ!」
「くっ! 考えていても仕方ありませんわ!」
大奥の動きを読み躱し続けるレグルス。
一瞬の隙を突いて鞭を振るうが相手は全く動じること無く攻撃を続けていた。
「くふっ、これでは埒が明きませんね。凶事、アレを出して早くトドメを……」
「うっせぇ! 俺は今楽しんでんだ! 話しかけんじゃねぇ!」
「おやおや、いつもの悪い癖ですか……」
(アレ? まだ何か隠し持っておりますの? これでは下手な動きができませんわね)
ひたすら躱すことを徹底するレグルス。
一方、スピカの容態を見に行ったフォーマルハウトがレグルスに向かって叫ぶ。
「まだ息はあるッス!」
(ほっ、良かったですわ。アンタレスに続きスピカまでも失っては敵の思う壺ですもの)
だが、ここで想定外のことが起きる。
「まだ生きている!? しつけぇ!」
クンッ
突如、大奥がレグルスの前から姿を消す。
レグルスが目で追うと彼は倒れたスピカのもとへ向かっていた。
「あ、貴方! スピカのもとへは行かせませんわ!」
すぐに後を追うレグルス。
だが、大奥の足は早く刹那の間にフォーマルハウトの眼前に立つ。
「どけ!」
「駄目ッス! スピカは殺らせないッス!」
「チッ……だったら、まずはてめぇからだ!」
ブンッ
フォーマルハウトに向かって拳を振るう大奥。
その時である。
ボゥ!
大奥の纏う金剛石の鎧が発火する。
「そこまでですよ、凶事。朕の相手を横取りするつもりですか?」
「ぐっ……」
瀬取の声に従いフォーマルハウトに背を向けレグルスの方へと向かう大奥。
(金剛石が発火したッス!? そうか、もとは炭素! 発火しても何らおかしくはない……ただ、そのための高熱を瞬時に出すあの男は油断ならないッス)
フォーマルハウトは一か八かの賭けに出た。
「付与術式、炎熱!」
レグルスの鞭が激しく燃え上がる。
炎熱は炎属性を武器にエンチャントする陰陽術である。
「野郎!」
「くふっ、流石の洞察力ですね。朕の一撃で理解しましたか」
「レグルス! 兎に角、叩きまくるッス!」
「承知致しましたわ!」
バチッバチッ
炎を纏った鞭で攻撃を繰り返すレグルス。
だが、効果はすぐには現れず大奥も攻撃を仕掛ける。
「くっ! あっちぃなてめぇ!」
「やはり、この程度の炎では燃焼が始まらないッスか……」
「だったら!」
レグルスは鞭を腰に巻き両手で印を組む。
「陰陽術か!」
「第3境地炎陰陽術……火炎!」
レグルスの陰陽力はそれほど大したことがない。
故に大抵の者が使える第3境地が自身が生み出せる最大の火力である。
「ぎゃははは! たかが第3境地かよ!」
大奥は避けようともせず火球の中に飛び込む。
「続いて第3境地雷陰陽術……界雷!」
「ほぅ、レグルスとやらも考えますね。電気エネルギーで火力を上げるとは……頭の良さは星々の庭園内でも上位という情報は真実のようですね」
バチッ!
ボウッ!
炎が激しく燃え上がり、その温度は瞬時に1000℃に達した。
ダイアモンドは600℃で燃焼し1000℃では燃え尽き二酸化炭素へと気化してしまう。
レグルスはそれを2つの陰陽術を加えることによって成し得たのである。
それもこれも美心の記した叡智の書に書かれていたことに従ったまでであることは言うまでもない。
(お義母様の言っていたことはすべてが真実。叡智の書を読んでいたおかげで出来ましたわ。化学反応、過負荷を!)
「レグルスぅぅぅ! てんめぇぇぇぇ!」
炎の中から裸の大奥が飛び出しレグルスに攻撃する。
それを見切っていた彼女は鋼糸鉄線を彼の眼の前に蜘蛛の巣のように張る。
ピンッ
「これで終わりですわ」
鉄線に気付かず通り抜ける大奥……。
ボトボトボトッ
肉片と化した彼の残骸がレグルスの前に降り落ちたのであった。
(くふっ、やはり彼女は素晴らしい。次は朕の手で殺れると思うと……くふふふ!)