広島藩にて(其の弐)
いつ争いが始まってもおかしくない空気の中、比奈乃が口を開いた。
「ちょっとちょっと待った。こんな皆が寝静まった夜中にエキストラさんに集まってもらって悪いんだけど、迷惑だし他の客に悪いから朝にしない?」
「ふふっ、春夏秋冬比奈乃ふざけているのですか? 夜中だろうと関係ありません。低杉様はまだかまだかと待ってくださっているのです。さぁ、毛利静様私と一緒に参りましょう」
比奈乃の話を軽くあしらい、しつこく静を連れて行こうとする間久部。
静がこの空気に気圧され口を開く。
「私が行けばこの場を引いてくれるのか?」
「!? いけませんわ、静さん!」
「そうなの! 絶対に酷いことされるの!」
「ええ、約束しましょう。今の目的は貴方様を低杉様の下へ連れて行くこと。戦いは私達も望んでいません」
(なんか見たことのある展開ね。お婆ちゃんの叡智の書でもあったテンプレートの一つだったかな? うーん、この展開はつまんないし……そうだ!)
何かを思いついた比奈乃が間久部と静の会話に割って入る。
「静ちゃんを連れて行くならあたしも連れて行きなさい。あたしの大切な友人、酷いことを絶対にしないよう傍で見守らせてもらうわ」
「「!!!」」
その言葉にレグルス達は驚愕し意見する。
「いけませんわ、比奈乃様!」
「そうです! 一体、何を考えて……」
「黙りなさい。こんなつまらない展開、あたしは望んでいないの」
(折角、遠路はるばる長州藩まで来たんだし観光もしたいしね。静ちゃんに案内してもらおうっと♪)
比奈乃の言葉に覚悟を感じたレグルス達は口を紡ぐ。
間久部の隣に全身フードの怪しい人物が近寄り耳元で何か言っている。
「良いでしょう春夏秋冬比奈乃。貴女も連れて行きましょう」
「話は決まりね。静ちゃん、行くわよ」
「えっ……ええ?」
若干、怯えながらも比奈乃の手を取り窓から飛び降りる。
「レグルス、絶対にこいつらを倒してあたし達を助けに来なさい。その間、あたしは静ちゃんを守るから……」
「比奈乃様……ええ、分かりましたわ」
「ふふっ、面白いこと言いますね。さぁ、話は終わりましたか? 二人共こちらへ」
豪華絢爛な馬車に乗り込む比奈乃と静。
レグルス達は歯を食いしばりながら二人を見守る。
「では、ごきげんよう。星々の庭園の皆さん。チャーシュー民主主義人民共和国は貴女達を歓迎しますよ。ただし、命を捨てる覚悟で参りなさい」
ガコン
ガタッガタッガタッ
馬車が街道を西へ進みやがて見えなくなる。
宿を囲っていた長州藩士達も馬車の後に続き歩き去っていった。
「くっ、比奈乃様……何故だ」
「そんなの決まっておりますわ。ここで争えば関係のない宿泊客を巻き込んでしまう。それに圧倒的な数の前に妾達は成す術もなく大敗していたことでしょう」
「そんな……比奈乃様はそれを理解していて?」
「流石はマスターの孫娘なだけはある。自身も犠牲にして某達を守ったというのか?」
「そういうことでごわすな」
己の力のなさに悔いている時間などない。
そう思ったレグルス達はすぐに出立の支度をし宿を出る。
向かうは長門国長州藩萩城。
ボディースーツに着替え各々、得意武器を装備する。
「さぁ、行きますわよ!」
「ああ!」
「比奈乃様を絶対に助けてみせるの!」
「それに静殿もでごわすよ!」
レグルスは両腕に巻いた鋼糸鉄線、スピカは日本刀、ムジカは大鎚。
そして、アルデバランは手甲。
馬車は破壊されており徒歩で西へと向かう。