広島藩にて(其の壱)
翌朝、アンタレスは重傷のため一緒に行くことが出来なくなってしまった。
「すまんな。デネボラがここへ来たら治療してもらい後を追うよ」
「ええ、アンタレス。このような事態に巻き込んでしまい……」
「よせやい。俺とお前達の仲だろ。それよりも今から出立すれば安芸国の西までいけるだろう。眼の前は周防国。敵陣の最前線だ。気を抜くなよ」
(おっ、ここでそれ言っちゃう? 観光目的で着いたきたけど、ずっとごっこ遊びに浸るのも悪くないかも♪)
レグルス一行は頭を下げ先へ進む。
一方、その頃……。
備前国に到着したデネボラ達も西を目指していた。
「にゃふぅ、こんな大きな馬車を借りれてラッキーだったにゃ」
「もう、カノープス。まだ完治してないと言ってもダラダラすんのは駄目だかんね」
「うふふ、カノープスは相変わらずで安心したわ」
「ん、思ったより早くて助かった」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ええ、デネボラのおかげですっかり元通りよ」
「それなら安心なのら」
デネボラ、カノープス、コペルニクス、リギル、ケンタウルス、ハダルの6名は福山藩を目指す。
アンタレスの傷を治すためではなく、あくまでも通過点の一つとしてである。
「福山城には寄るかにゃ?」
「アンタレスはレグルスと合流しているはずだし用が無いっちゃ無いのよね」
「ん、アンタレスはあたしみたいにドジして怪我したりしない。だから、寄る必要性を感じない」
「なら、広島藩まで行ってしまいましょ」
「みんなもそれで良いのら?」
「アタシはお姉ちゃんの提案に賛成―――♪」
「にゃろもそれでいいにゃ」
まさかアンタレスが重傷で寝込んでいることなど知りもせず山陽道を西へと進み続けていた。
場面は移り再びレグルス一行。
アンタレスに言われた通り、その日は安芸国広島藩の宿にて泊まることにした。
「皆、交代で休むことにしよう」
「なんで?」
「比奈乃様、ここは広島藩。第二次長州征伐が事実上幕府軍の惨敗に終わった結果、この藩は長州藩の影響を受けるようになり今は倒幕派が多いんですの」
「既に敵陣と言っても差し支えのないほどにな……お隣が日本から独立宣言をしたことを知っていながら黙秘を貫いているほどだ。決して油断なさらぬよう」
「へぇ、そういう設定なのね。静ちゃん、ご家族の方に戻ることは伝えたの?」
「ああ、手紙は出したが読んでいるかどうかはわからんよ。なんせ、いつも忙しくしているからな」
警戒をしながら夜を迎え一般人が寝静まった真夜中、事は起こった。
ピク……
「レグルス、起きろ」
「どうしましたの?」
「敵襲だ。やはり、某らの行動は筒抜けだったようだ」
窓から顔を出すと軽く1000を超える長州藩士が武装をし宿を囲んでいた。
「春夏秋冬美心の私設部隊、星々の庭園の者共とお見受けする。そちらに元長州藩主、毛利幻徳の一人娘、毛利静が居るはずだ。大人しく手渡してもらいましょうか?」
「何故、私が? それにその数は何だ? 他の客に迷惑だろう」
「お迎えにあがりました、姫。我は低杉珍作の側近、間久部厳琴。さぁ、こちらに……」
一人の男が二階の窓から顔をのぞかせる静を見て答えた。
「姫!? 静ちゃん、どういうことなの?」
(もしかして、ごっこ遊びの? なるほど、静ちゃんも密かに参加してたのね。んもぅ、絶対に後であたしを驚かせるつもりで黙っているんだ。ふふん、そうは問屋がおろさないわよ)
「私だって知らん。お前は誰だ? 低杉など私は知らんぞ」
「貴女が知らなくてもいいのです。毛利家の一人娘である貴女は低杉様の妻となることは決定しています」
「妻!? えええぇぇ! そんな設定!? あたし聞いてないよ!」
いつまでもごっこ遊びと勘違いしている比奈乃は想定外の設定に驚き、つい言葉に出してしまった。
「やかましいですよ、春夏秋冬比奈乃。何故、貴女までここに来たのです? 雑魚は大人しく静観していればいいものを……」
「貴様ぁ、比奈乃様になんと無礼な!」
スピカが窓から全身を出して間久部を睨みつける。
「……ふぅ、やはりこうなりますか。良いでしょう。力ずくで毛利静を連れて行かせてもらいましょう」
広島藩最大の宿場町四日市、両勢力が互いに睨み時間が刻一刻と過ぎ去っていく。