備後国にて(其の参)
河川敷から逃げ出したスピカだったが、アンタレスに万が一のことがあれば誰にも気付かれないと考えを改め、アンタレスが見える場所まで戻ることにした。
(某はまたお荷物になってしまった。これじゃ、吉原事変の頃から何も変わっていないでは無いか! 以前はマスターに迷惑をかけ、今回はアンタレスに迷惑を……くっ、某だって何かやれるはずだ!)
河川敷が見える場所まで戻ると二人が倒れているのが見えた。
足早にアンタレスの近くへと走るスピカ。
「アンタレス! 殺ったのか……」
「………………」
意識を失っている彼女を担ぎ上げると、その場を離れ福山城へと戻る。
「あら? スピカ、何処に行っておりましたの?」
「説明は後だ! アンタレスが長州藩士にやられた!」
(えっ? 早速、アンタレスまでごっこ遊びに入れたの!? しかもやられ役だなんて……モブ扱いもいいとこ。ちょっと酷くない!?)
「なんですって! ムジカは大量のお湯を! アルデバランは子供達がここへ来ないよう相手をお願いしますわ! 比奈乃様は消毒液を持ってきてくださいまし!」
「わ、分かったの!」
「ほらほら、こっちへ来るでごわすよ」
(うわぁ、凄いリアルな傷。特殊メイクさんでも雇って付けてもらったのかな?)
「ママ、どうしたの?」
「あぅあぅ、だぁ」
レグルスはすぐに彼女をうつ伏せに寝かせ背中の大きな傷を縫合する。
デネボラがいてくれれば治癒陰陽術で治せるのだが居ないことには自身らで治すしかない。
レグルスの糸捌きの腕もあり傷の縫合は完璧に行うことが出来た。
「それでスピカ。何があったのか詳しく話してくださいまし」
「ああ」
河川敷で訓練を受けるところに襲撃に来た長州藩士の話をする。
「土使い、水使いの次は雷使いですか……」
「ああ、奴らの陰陽術は第6境地に達するほどの達人ばかりだ。それも見たことのない使い方ばかり……」
「第5境地でさえ珍しく権僧正の領域だと言われておりますのに、その上の僧正の領域だなんて……」
(たかが僧正の領域でしょ。お婆ちゃんは第12境地、如来の領域者なんだから! まったく、もっとその辺の設定は凝ったほうが良いわよ、レグルス)
しばしの間、静寂が漂う。
「仲間になってもすぐに減らされてしまうの」
「ムジカ、滅多なことは口にするものではないですわ。誰も亡くなってはおりませんわよ」
「ご、ごめんなさいなの!」
「だが、長州藩士にこうも顔がバレている以上、少人数で動くのは危険だぞ。カノープスの治療が済み次第、後を追うデネボラが狙われるやもしれん」
「ケンちゃん達も心配なの。ムジカ達が合流する前から襲撃されてたの」
「一人……一殺……敵が……言ってた……言葉だ……ぐぅ!」
意識を取り戻すアンタレス。
竜兵衛が迂闊にも口走った内容を話しレグルス達に伝える。
「一人一殺。僧正の領域に達した長州藩士が星々の庭園に攻撃を仕掛けてきているということですのね。どれも少数で動いている隊員を優先的に」
「なんて狡猾なんだ!」
「いや、奴らの戦術は決して狡くなど無い。奴らだって一人で襲撃しているからこそ、少数の隊員を狙うんだ。俺もその罠にはまったということさ」
「デネボラちゃんが大変なの!」
(ああっ、そんなフラグを立てちゃ駄目だって! デネボラが襲われますと言っているようなものよ、ムジカ! まさか、次の話はデネボラ中心? あたし、その場にいないんですけど……)
「くっ、ヒーラーのデネボラに戦う力などないぞ! カノープスが付いていたとしても二人じゃ危険すぎる!」
(どこまでフラグ立てるつもりなのよ、スピカ!)
「だとしても戻るわけにはいきませんわ。この中から誰かを戻らせても、それも襲われる可能性が高い。今は無事に合流できることを祈るしかありませんわ」
(あー、こりゃ絶対に合流できない展開だ。ここで散々フラグを立ててデネボラとカノープスは合流させないつもりなのね。なるほどなるほど……)
比奈乃の予想とは裏腹に備前国に到着したデネボラとカノープスはリギル達と合流していた。