姫路にて(其の弐)
呟怨嗟女、今は亡き呪物研究の権威ピヨリィ・ノースフィールドが開発した悪魔教徒をより強い悪魔教徒たらしめるための人工呪物である。
必殺技の名はギャオリック砲。
口から常人では理解が困難な言葉を発し相手の動きを封じるとともに言葉に含まれた刃で致命傷を負わせる。
ただし、呟憤怒女や呟悲壮女のように相手に呪物を与え感染させることはできない。
そのため悪魔教入信者で希望者は呪物の注射を受けなければならないのである。
この赤子の母もその中の一人である。
「ギャォォォン! 托卵させてるのは男! 私達は托卵させられたぁぁぁ! ギャオオオン!」
「相変わらず意味の分からないことを……ん、静……この赤子をどかせて。比奈乃様を助けなきゃ」
「わ、分かった。しかし、どうして比奈乃ちゃんは相手が悪魔教って分かったのだ?」
「そんなのは比奈乃様にとっては取るに足らないこと。マスターと同じで初めから分かっていた。ただ、それだけのこと」
「そ、そうなんだ。初めから……ふぅん」
(どう見ても違うような気がするが星々の庭園が言うならそうなのか?)
岩のように重いガーゴイルを静がどけると、すかさずコペルニクスは背中に装備している鉄パイプを手に取り呟怨嗟女に攻撃する。
ドゴッ!
「きゃははは! 効かん、効かんだミ! これでも食らうミ! ギャオオオン! 男児を性加害者にしない教育を国がするべき! 私達、女はいつでも被害者! ギャォォォン!」
ズババッ!
言葉の刃で無数の傷が付くコペルニクス。
だが、動じることはなかった。
草津での戦いでこの手の者に真っ向から向かうことは無意味だと理解しているからである。
「ん、いつもいつも意味の分からないことを大きい声で……」
「ふふん、コペルニクス! 相手はただ声だけが大きい残念な被害妄想おばさんよ。ささっとひねっちゃいなさい!」
「誰がおばさんだミ! ギャオオオン! 男ができることを私達がすると80倍のパワーが必要なの! だから私達を男より80倍優遇しろぉぉぉ! ギャォォォン!」
「きゃっ!」
「比奈乃様!」
ドゴォォォン!
特大のギャオリック砲が直撃しそうになった比奈乃だったがコペルニクスが身を挺して守る。
背後には跡形もなく吹き飛んだ長屋の瓦礫だけが残る。
「がはっ! ん、しくった……」
「コペルニクス!」
言葉の刃に全身をズタズタにされ大量の血が零れ落ちる。
(血糊で演技するなんてコペルニクスも手が込んでるわね。でも、緊張感があって良いバトル……じゃない! でもやっぱり、相手がおばさんってのがイマイチだわ。化け物の姿になったと言っても素が素だけに緊張感に欠けてしまう。どうすれば良い展開に持っていけるか……むむむ、悩むわね)
比奈乃だけが本気でない今回のバトルは意外な結果を迎える。
「きゃははは! やったミ! 星々の庭園に一泡吹かせたミ!」
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ……」
ガーゴイルの姿になった赤子が泣き叫ぶ。
すると呟怨嗟女は人間の姿に戻り赤子を抱き上げる。
「ちっ、時間だミ。まぁ、良いミ。星々の庭園、私の名前は鈴城血濡。断層の血濡と呼ばれているチャーシュー民主主義人民共和国の独立先行部隊だミ。先に言っておくミ。貴様らは既に低杉様の掌の上だミ。何をやってもこの国の未来は我らのものだミ! きゃははは!」
ボン!
煙幕で姿を隠し、その場から離れる鈴城。
静は比奈乃の近くに寄りコペルニクスを介抱する。
「大丈夫!?」
「ん、比奈乃様を守れてよか……った」
ドサッ
「コペルニクス!」
(敵が去り私を守れた安心感から気を失う演技まで!? なんて凝ったごっこ遊びなの! そうとなればあたしだって!)
「静ちゃん、コペルニクスを見ておいて。みんなを呼んでくるわ」
「わ、分かった。気をつけて、比奈乃ちゃん」
暫くしてレグルス達が駆けつける。
「コペルニクス……酷い傷!」
「悪魔教か!? くそっ!」
比奈乃が得意気に話す。
「ええ、それとチャーシュー民主主義人民共和国を名乗って言ったわ。つまり、今回の事件の裏には悪魔教との深い繋がりがある!」
「「!!!」」
比奈乃の言葉に驚愕するレグルス達。
「悪魔教……またしても妾達の前に出てきましたのね!」
「いや、悪魔が背後にいることで色々と合点がいく。これからは一層警戒して進まねば……」
「おいどんが壁になるでごわす。比奈乃様はどうかおいどんの傍に」
「ええ、ありがとうアルデバラン。それでコペルニクスの容態は?」
「デネボラがいないとなると簡単な治療しかできませんわ。宿の人に後を診てもらうしか……」
「くっ、カノープスに次いでコペルニクスまでも……」
(早速、メンバーが一人いなくなる設定? 良いじゃん、何だか面白そう!)
「では、宿にコペルニクスを預けたらすぐに姫路を去りましょう。カノープス、コペルニクスの仇を討つために気合を入れなさい!」
「「はっ!」」
馬車に乗り込み再び長州を目指す比奈乃達であった。