祇園にて(前半)
夜、京都の祇園にある高級料亭で幕府の大老との会食が始まった。
「やぁ、春夏秋冬殿。ご足労いただきかたじけない」
「にゃ……は、はい。ええっと……今日は何用だにゃ?」
「にゃ?」
「コホン。マスターのちょっとした戯れですわ」
美心に化けたカノープスの演技にやや心配な点も見られるため一緒に着いてきたレグルスがサポートに入る。
「ははは、そうかそうか。ささ、まずは一杯……」
立花が徳利を持つ。
「にゃ? 酒!?」
「日本酒だが……春夏秋冬殿、お好きだったでござろう?」
カノープスもレグルスもまだ本元服を迎えていないため飲酒はご法度だった。
ここでもすかさずレグルスがサポートに入る。
「お、おほほほ。マスターは昨日、飲みすぎてしまって今は酒を見るだけで胸焼けがするようですの」
「そうだったか。いや、存ぜぬとは言え失礼したでござる」
「は、はは。こっちも失礼したにゃ……です」
最初に運ばれてきた折敷に箸をつけ食べるカノープス。
レグルスも行儀良く食べ立花と会話を続ける。
「それでマスターに頼み事があると伺いましたが……」
「ああ、早速で申し訳ないが春夏秋冬殿。今、長州で不審な動きが発生しておってな……」
「不審な動き?」
徳利を持ち立花のお猪口に酒を注ぎながら話を聞くレグルス。
極力、カノープスには自分から声を発しないことを事前に知らせていたため、レグルスが基本的に話を進めていく。
「んむ、春夏秋冬殿も若かりし頃、長州征伐に参加したと聞き及んでいるが……」
「にゃ? ……く、くくく。そうだが長州の松下村塾は健在だにゃ」
カノープスは話について行けず自分でも何を言っているのか意味が分からないことを口走ってしまった。
「ははは、塾生だったら話し合い程度で済んで良いだろうが……」
「立花様、もしかして……また尊王攘夷運動が活発に?」
「いや、倒幕運動の方だ。第二次長州征伐からそろそろ45年目を迎えるこの時になって高杉晋作の名を受け継ぐ者が台頭したのでござる」
「高杉晋作ってあの奇兵隊で有名な……彼の名を受け継ぐとは?」
「突然のことであった。今の長州藩を治める毛利家を失脚させ長州藩を乗っ取り自身を高杉晋作の真の後継者であると声高らかに申す低杉珍作。その者から幕府に対して声明文が届いてな……」
懐から巻物を取り出し美心に化けたカノープスに渡す立花。
その巻物には江戸幕府に対してたった2つの要求が書かれていた。
カノープスは巻物に書かれていたことをレグルスにも分かるよう声に出して読み上げる。
「一つ、長州藩は日本から独立しチャーシュー民主主義人民共和国とする」
「独立宣言!?」
「驚くのはまだ早いでござる」
「二つ、過去の精算として江戸幕府に対し賠償金を要求する。尚この話が受け入れられない場合、軍事的行動を取らせてもらうことを念頭に置くべし」
「宣戦布告まで!? 何を考えているんですの!?」
「何も考えていないと言うことはあるまい。本州の西端とは言え、その向こうには九州。挟み撃ちされている状況でここまで強気な発言ができるには何か訳があるはずでござる」
「それで幕府としてはどのような行動を取るつもりですの?」
「勿論、この話を受け入れるわけにはいかぬ。独立も含めてな。ただ、このことが他の藩に知られるとまずいことになるやもしれん」
立花の懸念は当然のものだった。
各地の藩が力を持ちすぎぬよう武家諸法度や参勤交代などを制定しても反逆した藩を出させてしまったという例があると長州藩の後に続く藩も少なくない。
それが全国規模で起こるとなると幕府にはその反乱を止める力など無かった。
「最悪、戦国時代に逆戻りってことですわね?」
「ああ、そういうことでござる。そのため、こちら側も大きな行動が出来なくてな……」
「そのためマスターにお話がかかったと?」
「ああ、春夏秋冬殿! この国の未来のため、長州藩へ行ってくれぬか?」
「にゃふぅ♪ 良いよ~」
カノープスは刺し身を美味しく頬張り上機嫌ながら立花の問いに軽く答えた。
「かたじけない!」
こうして会食が終わるまで何事もなく無事に済む。
カノープスとレグルスを後にし馬車に乗り込み二条城へ向かう立花。
その道中……事件は起こった。