四国にて(其の十肆)
最後の霊場、大窪寺にて。
「やっと88ヶ所目なのら」
「はぁはぁはぁ、ここでケンタウルスが……」
「チぎゅ?」
山門をくぐり本堂にて拝み御朱印をもらうと大師堂へと足を運ぶ。
眼の前には大師像と両脇に四天王像がある。
「お願いします。弘法大師様……どうか……みんなから呪物を取り除いてください」
だが、何も起こらない。
「やっぱり駄目なのら?」
「そんなことない! お遍路は奇跡を起こすの! 弘法大師様!」
(お……ねぇ……ちゃ……)
リギルの心に直接話しかけるケンタウルスの声。
「ケンタウルス?」
「どうしたのら?」
「声が……心に直接……」
「ああ、リギル姉妹特有のら?」
(どうしたの? ケンタウルス)
(胎……蔵ヶ……峰寺へ……ここに……大師様は……居ない)
「胎蔵ヶ峰寺?」
「大窪寺の奥の院のことなのら。そうか……弘法大師が建てた場所はここではなく今の奥の院なのら。行ってみるのら!」
200のチー牛を連れ奥の院へと向かう。
辿り着くとそこに建つのは侘しい御堂。
「なんかボロボロなのら」
「こんなところに誰か居るのかしら?」
恐る恐る御堂内へ入るリギルとハダル。
すると、中には1人の男性が座禅を組み目を閉じていた。
「弘……法……大師……様?」
「いいや、私は安倍明晴。キミ達が来るのを待ってたよ」
「明晴様!?」
2人は姿勢を低くし明晴に向かって頭を垂れる。
「お義母様の師匠なのら……」
「まさか、こんなところで会えるなんて……」
「キミ達もまさか美心っちの?」
「はい、春夏秋冬美心の娘です」
「おいらが141番目の、こっちが142番目の子どもになるのら」
「はぁ!? ひゃ……100!? 美心っち、子ども作りすぎてない!? もう、ハッスルしすぎなんだから!」
2人は明晴のことは美心の書いた自伝、叡智の書でしか知らない。
書かれていた内容と異なる人物像に呆気に取られていた。
「チぎゅ」
「!」
チー牛になったケンタウルスが御堂の中へ入ると明晴は表情が一変する。
「ケンタウルス……外で待ってって言ったのに」
「なるほど……人工呪物か」
「明晴様、治せますか?」
「ああ、そのためにここへ来たんだよ。空海に呼ばれてね。私も空海も讃岐生まれの同郷。私一人では無理だが空海の……弘法大師の法力と私の呪術があれば……」
御堂にある大師像から淡い光の球を放ち明晴がその光を受け取る。
そして、数時間に渡る長いお教のような呪文を唱えると光が上空へと飛んでいく。
パァァァァ
夕暮れの空を明るい光が照らし昼間のような光景になる。
ジュゥゥゥ
「あっ……戻った……」
光に包まれたチー牛達は皆、元の姿に戻っていく。
「わぁぁぁん! ケンタウルス……良かっだぁぁぁぁ!」
「ぐすっ! まったく仲の良い姉妹なのら」
御堂の外がやけに賑やかしい。
ハダルが外に出て説明すると男達は山を下り本来の居場所へと戻って行った。
「ふぅ、終わったよ。お疲れさん」
「明晴様、ありがとうございます!」
「助かったのら! この礼は必ずや……」
「あはは、いいよいいよ~。美心っちの娘さんなら、あーしの孫も同然だしぃ。そろそろ日も暮れることだしキミ達も山を下るといい。あ、美心っちには近い内に屋敷に寄らせてもらうねと伝えといて~」
「は、はい……」
リギルとケンタウルス・ハダルの3人は御堂の前でお辞儀をすると山を降りていった。
「こんな呪物をばら撒くなんて……。悪魔教も流石に暴走しすぎだ。そろそろ解散させるべきか? いや、女神様の大いなる計画のためにもあの宗教は必要不可欠。美心っち達には迷惑をかけるけれど、あの子なら何とかやってくれるだろう。後は頼んだよ、美心っち」
ヒュン
不穏な言葉を残すと姿を消してしまう明晴。
彼の行き先は誰にも分からない。