四国にて(其の十壱)
「なんなのら! 悪魔教……狂っているのら」
「ええ……こんなのに巻き込まれた人々が可哀想で仕方がないわ。五十部餅実、こいつだけは万死に値する!」
「元に戻せる方法は書いてなかったのら。困ったのら」
「やはり、お遍路して弘法大師の奇跡に頼るしか……」
ガシャァァァン!
「チィィィィぎゅぅぅぅ!」
そうこうしている内に一体のチー牛が霊宝殿側面の壁をぶち破り2人に襲いかかる。
「くっ、なんでバレたのら!?」
「この悪魔共はどこに居ても私達を追いかけてきた! 何かを感じているのよ!」
「チィィィィぎゅぅぅぅ! ……おね……ちゃ……見捨て……」
そのチー牛は変わり果てたケンタウルスだった。
彼女の聞き慣れた声を聞いた途端、2人の動きが遅くなる。
「ケンタウルス……なの?」
「お……おね……チィィィィぎゅぅぅぅ!」
ブンッ!
ドゴッ!
「かはっ……」
まるで闘牛の突進のような荒ぶる攻撃が直撃するリギル。
口から血を吐き床の倒れ込む。
「う……くっ……ケン……タ……ウルス……」
「ケンタウルス! やめるのら! 大好きなお姉ちゃんを攻撃しては駄目なのら!」
「見捨て……裏切り……アタ……殺……チィィぎゅっ!」
ズガガガ!
床に倒れたリギルに頭に生えた角を引っ掛け引き釣りまわすケンタウルス。
「うっ……くっ……ケンタウルス! 見捨ててごめんなさい! でも、貴女を助けるためなの! だからっ!」
ボッ!
「チッぎゅぅぅ!」
陰陽術で炎を生み出しケンタウルスの頭部に当てるリギル。
あまりの熱さにその場で暴れる彼女の角から引っ掛かった部分の服を破り脱出するリギルは続いて攻撃する。
「絶対に元に戻してあげるから! 臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前! 第5領域陰陽術! 封!」
両手で印を結びながら九字を唱え暴れるケンタウルスに向かって陰陽術を放つ。
「チィぎゅぅぅぅぅ……う……う……ぅ……ぅ……」
第5領域に当たる陰陽術「封」、それはありとあらゆるものの活動を停止させる高等陰陽術である。
この術が使えるのは星々の庭園内では陰陽術の領域が第5領域にまで達しているリギルとカノープスのみ。
ただし、この術には弱点がある。
「ハダル、私が封じている間に早く!」
術者は常に陰陽力を注ぎ続けるため、その場を動くことができない諸刃の剣でもある。
「分かってるのら!」
ドゴッ!
「チぎゅっ!?」
ドサッ……
ケンタウルスの後頭部を強打させ意識を失わせるハダル。
その後、寺の境内にある巨大な木に頑丈に括り付け動きを封じておく。
「はぁはぁはぁ……ごめんね、ケンタウルス。もう少し待っていて」
「まったく……五十部、絶対に許せないのら!」
2人は境内から大師堂へ入る。
すると、そこにもチーズで作られた繭があった。
「まだ羽化していない……」
「今のうちに中の人を出すのら」
繭を切り裂くと、どうやら中に入っていたのは金剛頂寺の住職のようだった。
以前のケンタウルスと同様、身体の半分ほどが呪物に侵食され変異していたがまだ人間の意識は保っていた。
「大丈夫ですか? 春夏秋冬財閥の者です。分かりますか?」
「チ……チ―――? 美心殿の? 助かったよ、すまないね。突然、変な集団がここへやって来て……」
住職の話を聞くと五十部と連れの悪魔教徒数十名が突如として襲来し、ものの数秒で神聖な土地がチーズによって穢されたらしい。
住職は咄嗟に身を隠したことによって助かっていたが、それも数日の間だけで数時間前、見張りのチー牛に見つかりチーズによって身体を包まれてしまったようだ。
「五十部はここで一体、何をしていたのです?」
「そこら中にいる牛の化け物を操る牛笛だよ。この寺には様々な国宝が霊宝殿に供えられている。その中の1つに金銅密教法具がある。どこで聞きつけたのか、これには仕掛けがあってね。笛になるんだよ。その音色はありとあらゆる動物を手懐けるという謂れがあるんだ。それをチーズで包み穢し、あの化け物を操る牛笛にしたところまでは見たんだ」
「牛笛……それがあれば」
「ケンタウルスだけでなく暴れる皆を大人しくさせられるのら!」