四国にて(其の玖)
「五十部餅実……貴女、ハダルをどうしたの!?」
「ぎひっ? ハダル……そうじゃった。そうじゃった。儂の美しい顔面にこの擦り傷を付けたねぇよ男性の名前! あの者……許さん! 許さんぞぉぉぉ!」
突如、性格が変わったかのように荒ぶる五十部。
彼女とハダルが相対したのは10日前。
土佐藩のとある村で宗教活動と称した女性の拉致をしていたところで五十部はハダルに頬を傷付けられた。
彼女の得意な敵前逃亡のおかげでハダルの猛襲も難なく逃げおおせたは良いが与えられた屈辱も大きかった。
ハダルに再び挑もうにも勝てる要素が無い中、五十部はリギルとケンタウルスに出会う。
そこで彼女は悪事を閃く。
「ぎひっぎひひひ! お前達をチー牛に変えハダルとぶつけることで儂の復讐は達成されるとね! 変装など陰陽幻術を使えば簡単なことじゃ」
「それでしつこく私達を……許せない! 私達の大切なファンに手を出した仇もここで取らせてもらうわ!」
「ぎっひひひ! 無駄じゃ無駄じゃ。お前は儂に手を出せん」
そう言うとケンタウルスのほうに指を指す五十部。
リギルもケンタウルスのほうを向くと手足を拘束したチー牛と共にチーズの繭に包まれていた。
「そんな! ケンタウルス!」
「ぎひぎひぎひひ! おっと、動くと全チー牛が一斉にお前を襲うのじゃ。かといってお前の大切な妹が醜い化け物に姿を変えるまで持って数分……ぎっひひひ! どうする? さぁ、迷え! 悩め! そして後悔しながら貴様もチー牛になるのじゃ!」
「う……うぁぁぁぁぁ!」
リギルは両手で印を組み陰陽術を発動する。
カッ!
「こ、これは第4領域陰陽術の閃光!?」
夜闇を一瞬照らす強烈な光に五十部とチー牛は視覚を奪われてしまった。
そして、視覚が元に戻るとそこにリギルの姿は無かった。
「ぎひっ! ぎひゃひゃひゃ! 逃げた? 逃げたのじゃ! 自分の大切な妹を放って逃げたのじゃ! ぎひゃぎひゃぎひゃひゃひゃははは!」
そして、数分後チーズで出来た繭の中から完全なチー牛となったケンタウルスが出てくる。
「チぎゅぅぅぅ」
「おーおー、お前の姉ちゃんはお前を見捨てて逃げたのじゃ。可哀想にのぉ」
「ねぇ……ちゃん……アタシを……見捨てて……逃げ……チぎゅ」
「そうじゃ。憎いじゃろう?」
「にく……い……チぎゅ」
「うんうん、じゃからの……お前の姉ちゃんもチー牛にしてやるのじゃ。お前ならできる。儂が見守っておるからの」
「ねぇ……ちゃん……仲間に……する……チ……チ……チィィィィぎゅぅぅぅ!」
ダッ!
五十部の言葉を鵜呑みにしてしまうほど知能が下がっていたケンタウルスはその言葉を信じリギルを追いかける。
「ぎっひひひ! ハダル、待っているのじゃ! 2人をチー牛に変えた後が貴様の命日じゃ!」
そして、逃亡したリギルは風陰陽術で高速移動しチー牛達から他人を巻き込むまいと海岸のほうへ向かっていた。
「第24番霊場? 一心不乱に奴らから距離を取っていたらこんなところまで来てしまっていたなんて……」
徒歩で数日はかかる距離をものの数時間で移動してしまったことを知るリギル。
室戸岬にある最御崎寺に再びハダルへの置き手紙を出し月見ヶ浜をトボトボと歩く。
「うっ……うう……ケンタウルス……ごめんなさい」
ずっと動き回っていたため疲労が限界を迎えていたリギルは砂浜に腰掛け海のほうを向き目を閉じる。
いつ、追手が来てもすぐに動けるように横にはならず身体を休めた。