四国にて(其の漆)
「むにゃむにゃ……お姉ちゃん。チ―――」
「Zzz……」
「チ―――……チぎゅっ!?」
その晩も何者かの気配に気付き目覚めるケンタウルス。
昨晩、言われた通りリギルを起こし戦闘準備に入る。
「また来るのね……」
「うん、それも数がかなり多い……18……いや、25? チ―――」
ザッザッザッ
「「チィィィィぎゅ! チィィィィぎゅ! チィィィィぎゅぅぅぅ!」」
宿を囲むチー牛達。
他のお遍路さんも異変に気付き目を覚ます。
「な、なんや!?」
「野党の群れや!」
「ひぃぃぃ!」
恐怖から宿を飛び出すお遍路さん数名。
彼らにチー牛達は糸状のチーズを吹きかけ繭にする。
しばらくすると繭の中からチー牛へと変異したお遍路さんが出て列に加わった。
「なんてこと……」
「あいつらの目的はアタシ達……関係のない人達を巻き込むわけにはいかないよ、お姉ちゃん! チ―――」
「そうね……鞄は持った? 飛び出したら、そのまま次の霊場を目指すわよ!」
「うん!」
バッ!
宿を飛び出てリギルは炎陰陽術を前方のチー牛に当てる。
「「チィィィィぎゅぅぅぅ!」」
「この数を相手に戦っては駄目! ケンタウルス、付いて来て!」
「う、うん! チ―――」
だが、大量のチー牛相手に徐々に行き場を失っていく彼女達。
「「チィィィィぎゅぅぅぅ!」」
「お姉ちゃん、このままじゃ! チ―――」
「くっ、こいつら……知能がないように見えて、しっかり考えている」
「「チィィィィぎゅぅぅぅ!」」
2人に襲いかかるチー牛達。
倒しても倒しても次がやって来て、とうとう追い詰められた彼女らは糸状のチーズによって身動きを封じられてしまった。
「なんて硬さなの!」
「お姉ちゃん……チ―――」
「「チィィィィぎゅ! チィィィィぎゅ! チィィィィぎゅぅぅぅ!」」
プシュ―――
糸状のチーズを彼女らの上空めがけて吹きかけるチー牛達。
「まさか、2人まとめて繭に中に閉じ込めるつもり!?」
「嫌だ! もう、これ以上醜い化け物なんかになりたくないよ―――チ―――!」
だが、時間は残酷である。
彼女らの頭の上に積もったチーズは徐々に彼女の顔をチーズ内に埋めていく。
「くっ……息が……」
ケンタウルスはすでに呼吸が出来ず意識を失ってしまっていた。
リギルも徐々に意識を失っていく。
「も、もう……ここまで……なの……」
「「チィィィィぎゅぅぅぅ!?」」
暗闇の中へと沈んでいく途中、リギルはチー牛達の叫び声に異変を覚える。
「チぎゅ……ぶべらっ!」
「チィィィぎゅ……あぱぱ!」
「チィぎゅう……ぽぎゃぴ!」
ドサッ!
自身が地面に倒れることに気付くリギル。
「まったく……情けないなのら」
(この声……聞き覚えが……)
「ケンタウルスは悪魔化の途中なのら。これ以上、醜くなるのは許せないのら。よって、ここで……」
(!!! ハダル! いけない!)
バッ!
意識を取り戻すと共に飛び上がるリギル。
眼の前には見知った群青色の外ハネショートの髪をなびかせる少女が1人。
「やっと起きたのら。まったく何をしているのら」
「あ……れ……ハダル。妹に……」
「ね、起きたでしょ? お姉ちゃんはアタシがピンチになるとすぐに気付いてくれるんだから。チ―――」
「幼馴染だから知っているのら。リギル、五十部の場所は既に分かってるのら」
「えっ? あ、相変わらず仕事が早いわね……」
「奴らは土佐藩にある第26番霊場、金剛頂寺を新たな拠点としているのら」
「奴らは一体何者なの?」
「悪魔教……残念な思考の人間が最終的に辿り着く宗教団体なのら」
ザッザッザッ
生き残りのチー牛達が徐々にリギル達へ接近してくる。
「このままじゃ、また取り囲まれてしまうのら」
「そうみたいね」
「早く逃げよ、お姉ちゃん」
バッ
3人でハダルが開けたチー牛達の隙間を一気に駆け抜ける。
チー牛達の姿が見えなくなるまで走り、次の霊場大日寺に到着した。