四国にて(其の陸)
「「チィィィィぎゅぅぅぅ!」」
「しまった! チ―――」
2人のチー牛が同時にケンタウルスに猛突進してきた。
距離も近く避ける間もなかった彼女は2人の頭を両手で受け止めるものの大の男2人のパワーには敵うこともなく吹き飛ばされ地面に倒れる。
「かはっ!」
「「チィィィィぎゅぅぅぅ!」」
「あ、あああ! いやぁぁぁ!」
起き上がろうとする彼女を蹂躙するチー牛。
安楽寺の住職に貰った大切な白衣を破かれ美しい素肌を晒すケンタウルス。
「チィィィィぎゅぅぅぅ!」
ヒュッ!
ドサッ……
ブシュゥゥゥ!
1人のチー牛が首を斬られ頭を落とす。
「チィィィィぎゅぅぅぅ!?」
「貴方……よくも私の妹を……許さない!」
「お姉ちゃん! チ―――」
騒動が起こればリギルも流石に異変に気付き目を覚ます。
テント内に居ない妹の姿にすぐに外へ出ると2人のチー牛に蹂躙されている。
彼女は考えることもなく鎌鼬を発生させ1人のチー牛の首を落としたのであった。
「このっ!」
「チィィィィぎゅぅぅぅ……ぶぼらっ!」
ドサッ
リギルの方を向いた残り1人のチー牛をケンタウルスが腹パンし意識を失わせた。
走りリギルに抱きつくケンタウルス。
「うわぁぁぁん! 怖かったよぉぉぉ! チ―――」
「もう! 1人で戦うなんてことしないで。貴女に何かあったら私……」
「ごめんね、お姉ちゃん。チ―――」
「分かれば良し。それにしても、まさかライブをしなくても襲ってくるなんて……」
「1人殺しちゃったね。残り2人はどうしよう? チ―――」
「時間が来れば元の姿に戻るはずよ。ただし死体でね……」
「この人達も悪魔化したアタシ達のファンなのかな? チ―――」
リギルは考える。
これからも襲ってくる可能性は十分にあるだろうと。
そんな状況の中、安心してお遍路の旅を続けることも難しい。
「はぁ、やっぱり先に叩くしかないの?」
「先に叩くって……この人達を悪魔化させた犯人? チ―――」
「ええ、幕府でも指名手配されている五十部餅実と怪しげな団体。この事件の裏にいる奴らよ」
だが、その者らの居場所を探す時間が経てば経つほどほどケンタウルスの身が呪物に蝕れていく。
ならば、お遍路を続けたほうが良いのではないか?
リギルは迷った。
「お姉ちゃん、仲間に助けてもらおうよ。チ―――」
「そうね。指名手配されている奴ならば顔も分かるし、徳島藩のどこかにいる可能性は高い。明日、お遍路の途中であるだろう宿に手紙を預けるわ」
「アタシ達と同じ四国の調査に出ている隊員って誰だったかな? チ―――」
「ハダルよ。彼女は単独行動の名人だから本来スリーマンセルだった私達の隊から抜けたの」
「ハダルちゃんかぁ……あの子にこんな醜態を見せたら怒られるよね? チ―――」
「大丈夫よ。そうなったら私も一緒に怒られてあげる」
「お姉ちゃん……チ―――」
そうこうしている内に夜が明ける。
2人はテントを片付け次の霊場、藤井寺を目指す。
予想していた通り意識を失ったチー牛2人は蒸気を上げ人間の姿に戻ったが息を引き取っていた。
さらに2人は想像していた通りリギル・ケンタウルスらのファンだった。
「それじゃ、お願いします」
「はいよ。お遍路頑張ってね」
藤井寺への行程の間にあった宿にハダルへの手紙を預ける。
その日は昨夜の疲れもあり第12番霊場、焼山寺までで止めることにした。
「今日は宿に泊まりましょう。キャンプより襲われる可能性は低くなると思うの」
「うん、お姉ちゃん。チ―――」
彼女らはまだ気付いていない。
なぜ、あの場にチー牛がやってきたのかを。
彼女らの居場所を分かっていたかのような行動……それは彼らが人間だった頃、リギル・ケンタウルスの熱狂的なファンだったからの成せる技であった。