四国にて(其の参)
「お姉ちゃん、あの人アタシのファンだよ」
「ええ、そうみたいね。店主はどこにでもいそうなおばさんか……」
「へぇ、アイドル? 聞いたことがないねぇ」
「ぶひぃ! 兎に角、2人はこの世に舞い降りた女神なんです!」
「でも、その2人だっていずれは年齢に抗えずおばさんみたいになるんでしょ?」
「ぶひぃ! そ、そんなことないもん! 彼女はうんちだってしない!」
何気ない会話から棘のある会話まで男性と店主は軽く口論のようになっていた。
「ね、ねぇ? お姉ちゃん、止めたほうが良くない?」
「いいえ、待って」
屋台に向かおうとするケンタウルスを止めるリギル。
完食した男性は突如、黙り込んでしまった。
「?」
「お客さん、お代はいいから宿へお帰り」
「ぶひぃ……」
料金を支払うことなく黙々と歩き出す男性。
足を引きずり、まるで酔っ払いのような動きで宿場町の中へと消えていく。
「どうしたんだろ?」
「ケンタウルスはあの屋台をお願い。私はさっきの男性を追いかけるわ」
「うん。何かあったらアレで知らせるね」
「ええ、お願い」
ケンタウルスに屋台の観察を続けさせ、リギルは男性の後を追う。
何故か宿場町を離れ田んぼのど真ん中で異変は起こった。
「おぼっ……おぼぼぼぼ! ぶひぃ! ち、違う! リギルたんはみんなのアイドル! 僕の……僕のぉぉぉ! ぶひぃぃぃぃ!」
突如、苦しみだす男性は口から大量の糸状に伸びたチーズを吐き出す。
「おぼぼぼぼ! ぶひぃぃぃぃぃ! リ……ギルたんは僕のマイハニィィィィ!」
そう言うと男性は吐き出したチーズに包まれてしまう。
蛹のようなそれを見てリギルは察する。
(まるで青虫が自分を包む糸を吐くようにチーズを自身にかけ蛹になった? ……こんな真似、悪魔しかできるはずがない! あの男性を助けるべき? 私の大切なファンの1人だし……よしっ!)
蛹に近付き固くなったチーズを短刀で切り裂いていく。
中に入っていた男性は変異の途中で若干、化け物の様相を表していた。
「やっぱり……」
『お姉ちゃん、助けて!』
突如、リギルの頭の中にケンタウルスの声が響く。
2人は心の声を共有できる能力を持っており、それによって危険を知らせたのである。
「まさか、屋台の店主にバレていた!? ケンタウルス! ケンタウルス! くっ、意識を失っているんだわ!」
蛹の中から男性を外に出し、すぐに屋台の場所に戻るリギル。
だが、既にケンタウルスの姿は屋台とともに消えていた。
「なんてこと! ケンタウルス、ケンタウルス、返事してっ!」
本来ならケンタウルスの声が脳内に伝わるはずが何も聞こえない。
リギルは屋台の車輪の後を発見すると、それを追っていく。
「宿場町から離れていっている? やはり、この先には悪魔が……マスター、私達をどうかお守りください」
両手を合わせ軽く呟くと決心した様相で闇夜の中へと消えていくリギル。
随分歩いたようで着いたところは一つの寺。
(安楽寺? 確か第6番の霊場だったわね。ここにリギルが……)
夜中にも関わらず山門には異教徒ローブを纏った見張りが2人。
同じような屋台が3台置いていた。
リギルは寺の側面から侵入すると本堂では奇妙な儀式が行われていた。
「うっ……酷い匂い。これはチーズの匂いよね?」
充満するチーズの香り。
薬師如来像にも大量のチーズがかけられており、まるで地獄のようである。
「ぎっひひひ! 呪物をふんだんに混ぜ込んだこの特製チーズ。これを食った者はチー牛となるのじゃ!」
「流石です、導師五十部。男の最底辺と言われるチー牛を作ってしまわれるとは」
(あいつは……幕府で指名手配されている五十部餅実!? 幕府やそれに近しい者のあらゆるデマを拡散した極悪人。マスターもあいつによってデマを流されたことがある。つまり、あいつはマスターの敵!)
リギルは短刀を抜き戦闘準備に入る。