辛国にて(其の玖)
ミモザによって幽閉されているシリウス達は未だに手足を縛られ動きを封じられていた。
「ミモザ、ここには私達以外いないわ。本当のことを教えて!」
「先ほど言ったネ。吾輩がシリウス達の新しいお義母様になると」
「ふふっ、シリウス。ここは敵の拠点だよ。障子に目あり壁に耳ありってね。どこで誰が聞いているかわからない。ミモザが心の内を明かすことなど、ここでは無いさ。そうだろ?」
「リゲル、何を言ってるネ? 吾輩が新しいお義母様だと嫌かネ?」
「断るでござる! 拙者らの母親はマスター以外には有り得ないでござるよ!」
「わぁぁぁん! ミモザもお義母様のこと大好きだったでしょ―――」
「そうよ! ミモザ、どうして悪魔教なんかに寝返ったの!? どうして……どうして、あんな哀れとしか言いようのない残念な人間ばかりが集う宗教なんかに!?」
「シリウス、悪魔は人間より契約に関しては厳格ネ。吾輩が契約を交わした内容はシリウス達の安全ネ。今、ここで呟憤怒女化しないのも吾輩が交わした契約のおかげネ」
「悪魔と契約を……ミモザぁぁぁ! 悪魔にとって人間は餌に過ぎないでござるよ!」
プロキオンの話に耳を傾けずミモザはリゲルの近くによると耳元で呟く。
「リゲル、カペラはどこネ? 彼女もここに連れてこないと皆を愛せないネ」
「どうして僕にカペラのことを聞くんだい?」
「ミモザ、カペラはね……くっ!」
「?」
シリウスがカペラに起こった事実を語ろうとするがリゲルの顔を見ると下手に語れなく口を閉ざす。
「ふふっ、なるほど。僕とカペラの関係に気がついていたってことか」
「貴女達がコンコンに来てから、ずっと見ていたネ。貨物船の中を調べても既にもぬけの殻。君とカペラには何やら妙な縁に……」
「拙のことを探してどうするつもりでありんす?」
リゲルの口調が変わる。
カペラの人格が表に出てきたのだ。
「!!! その話し方……カペラ!?」
「どうして驚くでありんすえ? 拙に会いたかったでありんしょ?」
「リゲル、下手な小細工は止めるネ! カペラの真似なんかで吾輩は騙され……ハッ!?」
ミモザは自身が落ち着きをなくしていっていることに気付いた。
カペラのステータスは未知数。
データ好きな彼女にとってカペラは脅威以外の何者でもない。
そして、未知数が故に誰にも出来ないことを成し遂げることができる可能性を秘めている。
それに気付いたミモザは腰を抜かし地面に座り込む。
「ま、まさか! カペラ、リゲルの身体を依り代に!? 本体は……いくら探しても見つからないことから予想するにエゲレスに置いてきたネ!?」
「ま、そういうことでありんすね」
「な、なんて陰陽力ネ……」
ミモザは驚くと同時にカペラの真の力の一端を見たつもりでいた。
そして、彼女の想像を明らかに上回るカペラをすぐにレポートしたい気持ちに囚われる。
「くっ……これは想定外ネ。想定外だけど素晴らしいネ! 少し待っているネ! 忘れないうちに記入しておくネ!」
カタッカタカタカタ
自身の部屋に置いてあるタイプライターでレポートを作成するミモザ。
酷く興奮しているようで周囲が見えていないことに気付くシリウスはベガに視線を合わせるとジェスチャーで意図を伝える。
『ベガ、貴女の怪力ならこんな縄などすぐに解けるはず。今すぐここから出て拠点を破壊するわよ』
コクッ
ベガは首を縦に降ると縄を引き千切り、シリウス達の縄も引き千切り解放する。
ミモザは気付くこと無くレポート作成に夢中だ。
その背後を音を立てることなく通り抜け部屋の外に出るシリウス達は目を疑った。
「な、なんだ……ここは?」
「能面がたくさん……」
「だが、普通の能面ではないでござる」
「うん、気持ち悪いウネウネしたものが顔をつけるところから出てるよぉ」
ここはピヨリィが錬金術の研究に必要な呪物を集めた場所である。
綺麗に並べられたホルマリン漬けの瓶が不気味さを一層引き出している。