伏見にて
シリウス達が捕まり悪魔教コンコン支部に幽閉されている頃、京都では新たな春夏秋冬邸の建設が順調に進んでいた。
「ごっつぁんです。門扉の設置も済んだでごわすよ」
「アルデバランが帰ってきてくれたおかげですわ」
「みんな―――! 今日はクロワッサンサンドを作ったよ―――♪」
バスケットにいっぱいのサンドウィッチを両手に掲げデネボラが寄宿舎から出てきた。
朝早くから働いていたレグルスやスピカはジト目で彼女を見る。
「日に日に工程が面倒な昼食ばかり……」
「明らかに力仕事を嫌がっていたからな……」
「デネボラ、サボるにゃらお前の部屋だけ床が抜けるような適当な作りにしてやるにゃ!」
レグルス達はいつもと同じ平和な日を享受していた。
3ヶ月前、シリウスが送った手紙はというと……。
「美心様、先ほど飛脚から受け取った封筒なのですが……」
「ん、なんだ? その黒い封筒は?」
「星々の庭園内で使われている封筒ですよ。本来ならレグルス殿にお渡しすべきなのですが今は工事に取り掛かりきりで……」
(なんだ、娘たちのごっこ遊び用か。ふむ、今あいつらの中ではどんなごっこ遊びが流行っているのか見てみるのも一興か)
美心は春夏秋冬邸の工事には参加せず寄宿舎でだらけた日々を送っていた。
財閥の社長の座を息子に譲り会長となってからも政界財界の者達との会食には参加していたが、基本的には悠々自適な老後生活(主にパパ渇)を送っている。
そんな彼女が今回、久方振りに興味を示したのがレグルス達、星々の庭園内での流行ごっこ遊び。
悪魔教を追っているという設定だけは知っているが、いかんせん残念な人生を送った者達の終着点である悪魔教徒の巣窟。
この前の草津でさえ悪魔教徒のギャオる声を聞いただけでストレスがマッハで貯まるほど彼女は苦手意識を持っていた。
「さてさて、手紙の内容は……お、シリウスからか。くくっ、流暢な英語で書いているな。あいつを海外留学(勝手に出ていっただけ)させて良かったぜ。ふむふむ……コンコンでレグルス達と合流し尼僧を追う? ほぅ、コンコンか。美味いものも沢山ありそうだなぁ」
美心はシリウスが書いた手紙を読むと何故か突然、中華料理が食べたくなってきた。
未だ鎖国政策を取っているこの国に中華料理屋など無い。
食べるには本場まで赴く必要がある。
(あかん! チャーハンが……ラーメンが……酢豚が妙に食いたい! くっ、なんということだ! 身近に中華料理屋など無いから記憶の中から消え失せていたのに、シリウスの手紙を読んだことで思い出してしまったではないか!)
異世界転生前にはたらふく食ったものの、転生後はまったく口にしていないラーメンスープの香りを思い出す美心。
我慢すればするほど食べたくなる食欲の前に美心はいとも簡単に屈した。
「信濃条、ちょっくらコンコンに行ってくる。後は任せたぞ」
「はい、お気をつけて」
ビュン!
美心はシリウスが書いて手紙を無意識に袖の中に入れ宙に浮かぶと一瞬でその場から消える。
彼女が本気を出すとコンコンなどものの数分で到着する。
「信濃条さん、お義母様はどこへ?」
「コンコンへ向かいましたぞ。シリウス殿からの封書を読んでいらっしゃったので、その関係では無いかと」
「シリウスから!? 内容は……どんなことが書いてありましたの?」
「さ、さぁ? しかし、美心様のあの慌てようから想像するに助けを求めておいでではないかと」
信濃条は星々の庭園のごっこ遊びをあらかた知っており、雰囲気を壊さないよう言って述べた。
「シリウスが助けを!? でも、どうしてコンコン?」
「きっと、悪魔教に捕まり連れてこられたのでしょう。しかし、ご安心召されよ。美心様が助けに向かった以上、シリウス殿のご無事は確実。レグルス殿は引き続き春夏秋冬邸の着工へ戻るのがよろしいかと……」
「そ、そうですわね。妾達がコンコンへ向かうなど船がなければ無理。しかも、時間がかかる。お義母様が直接、出向いたのはそれほどの緊急だったため。お義母様、どうかシリウスを残念な性悪女共から救い出してくださいまし」
2人は考えもしなかった。
美心はシリウス達の状況など関心が無く、ただ中華料理を食べに行っただけという事実に。