辛国にて(其の捌)
ミモザによって情報が流出していることなど知らないシリウスは両手を上げ投降の意思を示す。
「懸命な判断デース。おや? おやおやぁ? ひぃふぅみぃ……1人多いデース。なるほど、貴女がカペラサンですネ!」
「「!!!」」
新人隊員達の名前を知らないミモザの情報も完璧ではない。
唯一の生き残りであるアンセルがシリウス達の近くにいたことでピヨリィは彼女のことをカペラだと判断したのだった。
「えっ? ちが……ふがっ!」
咄嗟にリゲルがアンセルの口を塞ぎピヨリィに向かって話しかける。
「そ、そうだよ! カペラ、君は最弱なんだから僕達の後ろに隠れていてくれないか?」
シリウス以外の4人も両手を上げると、黒い異教徒ローブに全身を包んだ悪魔教徒達が彼女達の手足を縛る。
「ケラケラケラ! ミーは初めて春夏秋冬美心に勝った感じがしマース。貴女も嬉しいデスカ―――? ミ・モ・ザ」
「えっ?」
「ミモザって……あの子は今、対馬藩で調査任務に……」
異教徒ローブを纏った1人がシリウス達の前に立ち、その姿を見せる。
「あ……あ……ああ……」
「嘘だ……こんな!」
藤色の長い髪に濃紫の瞳。
幼少期から共に育った仲間の顔がそこにはあった。
「くすっ、お久ぶりネ。シリウス・リゲル・プロキオン・ベガ。それと……」
リゲルは咄嗟に付いた嘘を深く後悔する。
よりにもよってミモザがここにいるとは想像もできないことだったが、アンセルをカペラと偽ったことで悪魔に対し絶好の口実を与えてしまったのだ。
「カペラ。貴女はまったく姿を見せないのでどうしたのか心配したネ」
「えっ? えと……わたく……拙は……」
「ミモザ……」
(まさか、口実を合わせてくれている? 何故!?)
(ふふっ、なるほどね。ミモザは裏切ったわけじゃないんだ。悪魔教徒となり悪魔教の奥深くまで潜入するつもりだね。まったく君と言うやつは……)
(ミモザだ、ミモザだ、ミモザだ! これってもしかして助かるのかな?)
(何を企んでいるでござる? ミモザが単純に寝返ったとは考え難いでござる)
(えっえっえっ? わたくしはカペラさんのふりを続けていていいですます?)
各々、口に出すわけにもいかずミモザがここにいる経緯を考える。
「何も不審がることないネ。春夏秋冬美心の下にいれば吾輩はいつまで経っても1人の娘に過ぎない。だから、吾輩は春夏秋冬邸を離れたネ。シリウス、吾輩と一緒に来るネ。貴女達を誰よりも尊み愛して愛して愛して……やまない吾輩が新たなお義母様となるネ」
「ケラケラケラ! それじゃ5人を連れて来てくだサーイ」
悪魔教徒に担がれヴェクトリヤピークの地中にある悪魔教拠点の一室に招かれる4名。
アンセルだけは別にされ牢獄に連れて行かれた。
「まったく……あの場では貴女をカペラと呼ぶしかなかったネ。新人、貴女に吾輩の大切な娘達は相応しくないネ。ここに死ぬまで閉じ込めておくネ」
ミモザは拗らせ女子である。
自分が誰よりも星々の庭園の娘達を愛おしく尊み大切に想っていると自負し、美心に代わるお義母様となることが彼女の生きる目的であった。
悪魔教徒に入り込んだのもその脅威からシリウス達愛する娘を守るため。
だが、その条件に顔馴染みではない新人隊員は論外。
彼女は共に育った顔馴染みの隊員達だけを守ることに注力していた。
「シリウスさん達はどうなるんですます?」
「あの子達は吾輩が大切に世話するネ。貴女にされる気遣いなど無用ネ」
コッコッコッ
階段を登りその場を去るミモザ。
牢獄には他に誰もおらず見張りもいない。
明かりも付いておらず環境も最悪な状況の中、アンセルは考える。
「くっ……なんとか、ここから出てシリウスさん達を助けないと!」