湯釜にて(其の弐)
「ユーを実験体にしてみるのも面白そうデース」
「ん、何をされようとあたしは答えない。自白剤でも何でも持ってくるといい」
「ノンノンノン。自白剤なんて前時代的デース。今は呪物と錬金術の合成の時代デスヨ」
そう言うと注射器を取り出しコペルニクスの首筋に何かを入れるピヨリィ。
「あらあらあら……」
「ピヨリィ様、それってまさか……」
「原液デース。温泉水に薄まる前の効果を見ていませんデシタ」
「けひひっ、それは検証が必要ですね」
ドクン!
「あ……あ……」
コペルニクスの心拍数が急上昇し胸が張り裂けそうな状態に陥る。
「ケラケラケラ、効いてきたようデース。ミーが作り上げた呟憤怒女化促進剤T型。金鶴の使うW型は固形呪物のまま。それでは感染力も弱く使い物になりまセーン。そのためミーの錬金術で液体化に成功した初めての呪物デース」
「けひひ、これを草津温泉や万座温泉の源泉に入れると……」
「温泉に浸かった者は全員、呟憤怒女化。つまり悪魔教信徒の出来上がり」
「男には効かないけど副作用として雄の機能が止まらなくなる媚薬入り」
「呟憤怒女と性欲雄豚とのバトルで温泉街の治安は悪化。そこへ私達、悪魔教が介入し藩から俸禄チューチュー! ピヨリィ様の作戦に抜かりはない!」
何もお願いしていないのに勝手に説明を始めるピヨリィと悪魔教徒達。
彼女らの弱点は勝ちが見えたら、これみよがしに口を開き言いたいことを言いまくるお気持ち表明である。
一方、コペルニクスは彼女らの言葉に耳を傾けつつも自身の身に降り注ぐ体調の変化を鎮めることに注力していた。
(ん……あたしの身体に呪物を入れられた? 呪物化が進行するとマスターに危害を加えてしまうかもしれない。何か……何か手は……自害するにも武器はセカンドレイドの1人が手に持っている)
ドクン!
(声が聞こえる? 頭の中に……誰?)
『頂き女子ミコちゃんは女達の生活に革命を与えた。既に40代だと言うのに独身を貫き男共から大金をせしめ豪華絢爛な生活を送っている。雑誌にも紹介され私が最も憧れる女性だ。私もそうなりたくミコちゃんのマニュアル通りに生きた。そして、私も40代になった。そろそろ引っ掛けられる男が少なくなってきて生活水準は下がるばかり。くっ、普通の女である私ではミコちゃんのように贅沢な生活を送れないというの!? 違う、これは全て私を選ばない男が悪いんだ。今日もパパ活に励んでいた時、とあるパパから想定外のことを耳にした。私と同じ年齢のミコちゃんは20代の頃に結婚していたという驚愕の事実。しかも、春夏秋冬財閥の御曹司と……あああああああ! お一人様になって自由気ままな生活を送ろうって言ってたじゃない!? それを信じお一人様を貫いた私は既に売れ残りの残飯同様……ちっくしょぉぉぉ! キモいキモいキモいキモい! ジ・エンド・オブ・キモキモォォォ!』
コペルニクスの脳内に響き渡る呟憤怒女だった者の悲劇。
感情のないコペルニクスに同情を誘うような想いはなかった。
(ん、んあっ……ん? あれ……収……まった?)
コペルニクスは心拍数が元の状態に戻っていくことを感じ取る。
効果が薄かったのか何も変化していないことを理解しつつも、このままでは大量の呪物を身体に注射されるかもしれない。
この場は悪魔教徒達に合わせていた方が良いと理解し演じることにする。
(あたし、演技ってあまり上手くないんだけど……何をすればいいんだろ?)
「ケラケラケラ! ほら、早くギャォォォンってみっともない雄叫びを上げるデスヨ」
「ギャォォォン! ギャォォォン! ほら、私達の真似をして……」
「子持ち女は股裂け女! ギャォォォン!」
「子持ち女は産む飯炊き便所! ギャォォォン!」
言っている意味を理解できないコペルニクスだが悪魔教徒が好みそうな言葉を考慮し雄叫びを上げる。
「ギャォォォン! おばさんは若い女の進化系! ギャォォォン!」
(何を言ってるんだ、あたし?)
「ケラケラケラ! やりましたデース!」
「これで貴女も立派な呟憤怒女よ。仲間には優しい私達。もう敵では無いわ」
そう言うとコペルニクスの縛っている縄を解く悪魔教徒達。
お仲間にはめっぽう優しい悪魔教徒のこの行為が反撃の狼煙になったことなど知る由もない。