湯釜にて(其の壱)
ゴポッ
ゴポッ
硫化水素の湯気の中で人間は数分と生きていられない。
だが、呼吸を止めていれば別の話。
コペルニクスは危機に陥っていた。
「まったく! 間者を忍ばせておくなんてあの糞爺! やってくれましたね!」
眼の前には村長の妻である百合子とセカンドレイドの連中がいた。
コペルニクスは見えていないが全員、ガスマスクを装着している。
その奥には綺麗なコバルトブルーの泉。
両手両足がいつの間にか縛られ武器である鉄パイプも連中の1人が手に持っていた。
「オゥ! 間者サーン、気が付きマシタカ?」
「ふん! 硫化水素のガスの中です。どうせ数分と持たず死ぬしかありません。それにこの硫酸の泉の中に放り込めばすべてが溶け証拠も何も残らない。……ふふふ、いかがでしょうピヨリィ様」
「ノー。殺すと百合子が疑われマース。それにこの間者……普通の少女じゃありまセンネ。ミーは何者デスカー?」
捕まってしまったことをあっさりと受け入れピヨリィの問いに答えるコペルニクス。
「ん……あ……」
だが、何故か声が出ない。
それだけではない。
身体を強く縛られているが抜け出そうとしても身体に力がまったく入らない。
(ん、これは……毒ガスの影響? この人、あたしを生かすようなことを言っておいて殺すつも……り……)
意識が遠のき、その場に倒れてしまう。
「オゥ! 無視されマシター。なんて失礼な奴なんでショウ」
「ええっと……ピヨリィ様。おそらく硫化水素中毒かと……このガスの中です。私達のようにガスマスクをしていなければ数分と持たず死に至ります」
セカンドレイドの1人がピヨリィに恐る恐る申告した。
今更だがセカンドレイドの連中は相変わらずの悪魔教一派である。
「オゥノー! うっかりしてマシタ! 早く、その少女にもガスマスクを」
「良いではないですか。もう放っておいても。そんなことよりもピヨリィ様、あの糞爺を村長の座から引き摺り下ろし私めに村長の座を……財産をすべて私が引き継ぎ江戸で私の推しのナヲト様を人気ナンバーワン役者にするため全財産を注ぎたいのです!」
百合子は役者買いに狂っていた。
今で言うところのホスト狂いのようなものである。
「駄目デース。この少女には聞きたいことがありマース。誰か一度、新鮮な空気を吸わせてやりなサーイ」
「「はっ!」」
悪魔教の信徒が3人ほどで意識を失っているコペルニクスを担ぎ湯釜の外へ出る。
暫くした後……。
「ん……」
「ほっ、息を吹き返したようだ」
「けひひひ、また殺されるとも知らずに……」
意識を取り戻すと近くに3人の気配。
コペルニクスはまだ捕らわれた状況であることを即座に理解し口を開く。
「あたしに何が聞きたいの?」
「けひひひ、ピヨリィ様はお前に興味が湧いたようじゃぞい」
「あたしにそんな趣味無いんだけど……」
「オゥ、息を吹き返しマシター。ユーは何故、両目を包帯で覆っているのデスカー?」
ピヨリィの意外な質問に呆気に取られる悪魔教徒達。
コペルニクスにとっては初対面の相手から聞かれる質問であるため聞き慣れていた。
「あたしは目が見えない。だから、両目を隠している」
「ケラケラケラ! 目を隠していたら見えないのも当然デース! ユーは馬鹿デスカー? ケラケラケラ!」
腹を抱えて笑うピヨリィ。
異様に明るい彼女に釣られ悪魔教徒の連中も笑みがこみ上げてくる。
「ぷっ……」
「くくく……」
「へひっ!」
あからさまに馬鹿にされていることを第6感で感じ取るコペルニクス。
彼女はそれに動じず両手両足が縛られた状態でどうやって抜け出そうか考える。
「ユーは村長の間者じゃありませんネ?」
「!!!」
ピヨリィが急に態度を変えコペルニクスに質問する。
突然のことで驚きを隠せなかったコペルニクスの姿を見て再びピヨリィは尋ねる。
「今、春夏秋冬美心が草津に来ていると耳にシマシタ。そして、相変わらず連れ歩くのは少女達。ユー、星々の庭園の者では無いデスカー?」
コペルニクスの耳元で囁くように質問するピヨリィ。
そして……。