草津にて(其の壱)
比奈乃のごっこ遊びにより春夏秋冬家屋敷が崩壊し2週間後。
原因となったレグルスやカノープス、ムジカ、スピカと隊員の一部は責任を取り改修作業を手伝うことになった。
一方、この混乱の根本的原因である比奈乃は勿論お咎め無し。
今は学園の寮の部屋を借り悠々自適な学園生活を満喫していた。
「うーん、屋敷は壊れちゃったけど新築になるんだから結果オーライよね。次はみんなと何をして遊ぼうかな?」
まったく凝りていない比奈乃は次なるごっこ遊びを考えながら生徒会の仕事も済ませていく。
その頃、美心は上州にある草津村に訪れていた。
「すぅぅぅはぁぁぁ……うーん、この硫黄の匂い。さすがは日本一の温泉だぜ。お前もそう思うだろアルタイル」
アルタイル、星々の庭園で最古参である1番目の子どもである。
シリウスやレグルス達からは姉のように慕われ、姉様と呼ばれている。
「マスター、硫化水素は毒ガスずら。あまり吸わないほうがいいずら……」
「相変わらず心配性だな。だったら、こんなところに温泉街なんてできないだろ。なぁ、コペルニクス」
「ん、マスターの言う事が正しい。草津の語源は臭い水。臭水から来ている。硫黄には毒性なんて無い。姉様は心配性すぎる」
「そ、そう言われると確かにそうずらぁ。」
「んで、アルタイル。傷の方は」
「まだ、少し痛むけれどかなり回復したずら」
「そかそか。ま、ここは日本三名泉の草津だ。ここに暫く滞在して湯治をすれば、そんな怪我などあっという間に完治するだろう」
「ん、姉様。マスターの御慈悲に感謝を……」
「感謝するずらぁ」
しかし、あの美心がそこまで優しいことなど無い。
彼女には当然ながら別の目的があった。
(げっへへへ。面倒な屋敷の改修はあいつらに任せて、俺はアルタイルの湯治にご同伴。しかも草津温泉を何日も堪能し浸かれるなんて……最高じゃねぇか!)
温泉好きの美心は体調がかなり回復したアルタイルを利用したに過ぎない。
早速、宿に訪れる3人は部屋に荷物を置き宿の浴場へ赴く。
「また出たんだ!」
「ボスはこの前討伐してもらったばかりだろ?」
「いや、あれは普通のレイドボスじゃねぇ。セカンドレイドボスだ」
「セカンドレイド? なんだそりゃ?」
温泉街で働く従業員だろうか。
ロビーに集まり何やら深刻な表情をし話をしている。
「マスター。レイドボスって何ずら?」
「くくく、この草津に温泉の恵みを与えている白根山。その火口、湯釜と言うんだがそこに1週間に1度、同じ時間に現れるモンスターがいるらしい」
「ん、レイドボス。その者は禿げた爺さん。名を零人。齢103。草津の温泉宿は何十年も前に全件踏破済み。ここより少し離れたところにある万座温泉も既に踏破している温泉を極めし者。彼は普通の温泉には満足できず湯畑に直接入浴する始末。それも数年前に飽き今では白根山湯釜に浸かることを習慣としている。いわゆる迷惑客」
「ほぅ、詳しいなコペルニクス」
「ん、マスターが赴く場所に危険があってはならない。だから事前に色々と調べた」
「相変わらず凄いずらぁ。でも、湯畑や湯釜って100℃以上あるんじゃないずらか?」
「くくく、おそらく江戸っ子なんだろう。熱い温泉じゃなければ満足できない究極の温泉好き。俺も見習わなければならないかもしれん」
だが、コペルニクスは不思議に思うことがあった。
(湯釜は何でも溶かしてしまうほどの硫酸でできた泉。そのような場所に浸かれる人間など居るはずがない。零人という老人、もしかしたら悪魔なのかもしれない。だから、あたしは近くに来たついでに調べてみるつもり)
従業員の話に暫く耳を傾ける3人。
どうやらレイドボスである爺さん以外に新たな迷惑客が最近になって現れ始めたのだという。
通称、セカンドレイド。
その者らは草津を手中に治めるべくセカンドレイドの町草津を名乗り、やってくる客にあることないことを吹き込むらしい。
「ふむ……温泉を極めようとするレイドボスは良いとしてセカンドレイドボスとやらは実に迷惑千万だな」
「マスター、ここはあたしが」
「ふむ、コペルニクス頼めるか」
「御意」
「気を付けるずらぁ」
コペルニクスは2人と離れ草津の温泉街に消えていった。