窮地にて(其の伍)
(落ち着け。何も見えない状況を逆に利用するのです。感覚を研ぎ澄まし熱い身体に涼しい風を感じ取り全身を冷却させることを最優先に……落ち着いてきた感じがします)
「ああっ、カペラ様の立派な竿が……」
「カペラしゃま、わち達まだご寵愛を頂いてないよぉ」
「ちょっ……ああた達! 敵を目の間にまさかおっ始めるざますか! なんて破廉恥な! 恥を知りなさい! 恥を!」
3人の言葉に耳を貸しながらも話の内容を考えることなどせず精神集中を試み続けるカペラ。
「あっ……ああ……あ―――。竿が……萎んじゃった」
「ぱ、パープルゥゥゥ! カペラ様のご寵愛を邪魔した罪! 万死に値する! ベガ行くよ!」
「了解! ぼっこぼこにしてやるんだもん!」
「おほほほ、無駄無駄。あてくしに一撃を与えることなどできやしないざます」
バキッ!
ドゴッ!
「くっ! 百発百中の僕の弓がすべて躱される……だとっ!?」
「このこのこのぉぉぉ! 当たんないよぉぉぉ!」
「おほほ、無駄だと言ったざましょ。呟憤怒女に変異しないああた達にはあてくしが直々に相手をしてあげているだけ有り難く思うざます」
戦闘が始まってしまったことを3人の声と音から察するカペラ。
2人の実力だけで悪魔教四天王の1人を相手に無傷で決着をつけられるとは到底思えない。
これから長い旅が始まる時に怪我人は大きな足かせとなる。
慎重派のカペラは落ち着いた心で今の状況を再び分析し始める。
(身体は……まだ動かないようです。そして眼の前が依然として暗いまま……目は開いているはずなのに、やはりパープルの何らかの攻撃で視覚を奪われているのでしょうか? だとしたらいつ受けたのでしょうか? 拙はパープルの近くにさえ寄っていません。狂人化したシリウス達の攻撃に状態異常を付与する能力が? いいえ、そうだとすればリゲルやベガも状態異常にかかっていてもおかしくありません。戦闘音からそのような感じはない……さて、どうするべきか)
冷静に考えるが状態異常にかかったことにまったく心当たりがないことに不安を覚えつつも2人のために身体を動かすことに注視するカペラ。
(動け! 動け動け動け動け! 拙の身体です。拙の言うことを聞くのです!)
その時、頭の中にまたあの声が響き渡る。
『オイオイ、マダ俺ハ男ダト認メナイノカ? イイ加減ニシテクレ。俺ハモウウンザリダ』
(誰ですか? 拙の頭の中に話しかける貴方は誰?)
『俺ハ俺ダヨ。俺コソ俺ニ身体ヲ譲レ』
(貴方が拙だというのですか? 何を言う! 拙は拙だけです! 貴方は拙ではありません! まさか、身体が動かないのも貴方の仕業ですか!? 今すぐ止めてください! 仲間を助けなきゃいけないのです!)
『身体ガ動カナイノモ当然ダ。俺ガ俺トイウ存在ヲ認メナイカラナ。俺ト俺ノ想イガ異ナレバ、ドチラニ従エバ良イノカ身体ガ混乱スルノモ当然』
ガッ
「あうっ! へぐっ! ガハッ!」
「おほほ、良い声で鳴くサンドバックざますね」
「ベガァァァ! 貴様ぁ、いい加減に当たれぇぇぇ!」
「おほほほ、無駄無駄」
「リ……リゲル……。カペラしゃまぁぁぁ! あぐっ!」
聞こえてくる声から2人がピンチであることを察するカペラ。
『忙ガナケレバ俺ノ可愛イ雌豚ガ逝ッチマウゼ。ホラ認メロ』
(拙が男だとこの者は言う。でも……でも……拙は……拙は女の子でありんす!)
『!!! ケッ、好キニシロ。今ハマダ時期尚早トイウコトカ……』
眼の前の暗闇が晴れ自身の身体を見る。
(身体が動く……あの妙な声が引き下がったから? ……今は余計なことを考えている暇ではありませんでした。ベガとリゲルは?)
周囲を見渡すと草原の上で気を失い倒れているシリウスやプロキオンと隊員達。
パープルと2人の姿は無い。