窮地にて(其の壱)
「みんな、森を出たわ。ここからモンドン港へ向かう」
「今日は一段と瘴気が濃いでござるな」
ジャッピングフォレストから東に位置するモンドンだが街の様子が見えないほど深く霞んでいる。
工場から発生する煙が原因の光化学スモッグなのだが、シリウス達は未だに悪魔が発生させている瘴気だと勘違いしていた。
「ごほっごほっ……」
「リゲル、大丈夫でありんすか?」
「カペ……ふ、ふん! こんな煙、どうってこと……ごほっごほっ!」
カペラはそっと懐からハンカチを取り出しリゲルの口を塞ぐ。
「このハンカチは微粒子も通さない特別製でありんす」
「ほ、ほんとだ。息がしやすい」
リゲルはカペラからハンカチを受け取り手で塞ぎながら歩みを進める。
悪魔の強襲を警戒しながら進む中、それは起こった。
「ギャォォォン!」
「ギャォォォン!」
最後尾に近い隊員達が突如、変な叫び声を上げ始めたのだ。
「どうしたの!?」
「シリウスさん! 節子と鞠子が!」
「ギャォォォン! 男児に性的な目で見られた! ギャォォォン!」
「へっ?」
「ギャォォォン! 日本のオス共が憎い! ギャォォォン!」
「はぁ?」
意味の分からないことを叫び続ける2人。
2人の額には「恨」の文字が浮かび出ていた。
そして……。
「ぐっ……うわぁぁぁ!」
「やめてぇぇぇ!」
「な、何よ! この声!?」
「やめるですます! う、ううっ……そんなこと知らないですます!」
2人の周囲にいる隊員達も突然、苦し始める。
やがて、叫び声が変わり……。
「「ギャォォォン! ギャォォォン! 家父長制反対! ギャォォォン!」」
皆の額には「恨」の文字が浮き出ており、血の涙を流しながら変わった悲鳴を上げ続ける。
「何が起こったでござるか? アンセル! 拙者が分からぬでござるか!」
「ギャォォォン! 男児ママは全員ねぇよ男性! ギャォォォン!」
「アンセルだけでなくフーユェーとジャッバ・ジーシュイまでも……みんな! どうしたの!!!」
「けほけほ……誰も答えない? これは……悪魔の攻撃なのか?」
「わち、怖いよぉ」
シリウス達は隊員達に声をかけるも意味の分からないことを呟き奇怪な叫び声を上げるだけであった。
その中、一人冷静に物事を把握することに務めるカペラ。
(拙達は何ともない。みんな、何かの声が聞こえているような感じだったし……)
「悪魔からの精神攻撃?」
「「!!!」」
つい口に出してしまったカペラの言葉に驚愕するシリウス達。
「精神攻撃ですって!?」
「ふふっ、なるほど……そういうことか」
「その攻撃を与えてきている敵はどこでござるか!」
「うわぁぁぁん、そんな見えない攻撃避けられないよぉ」
「冷静になるでありんす。敵の術中に嵌まるでありんすえ」
カペラはスモッグで霞む周囲に精神を研ぎ澄ませ気配を感じ取る。
(南の方向……人の気配……こっちに近付いてきている?)
「おほほほ。呪物はうまく作用してくれたざますね」
「何者!?」
シリウス達も相手に気付き即座に戦闘態勢に入る。
「おほほほ、まったく。ブレッドを送ったはずなのに瞬殺されるなんて……余計な手間を取らせてくれざます」
「カペラ、もしかして」
「あの悪魔の仲間でありんしょうね」
「わぁぁぁん、あんた誰ぇ!」
「あてくし? あてくしはパープル。悪魔教四天王の1人」
日本悪魔教の四天王第参番席の1人、金鶴カズノスケ。
尼僧相手に苦戦した経験からその言葉を聞いた瞬間、シリウス達の表情が一変する。
「四天王!?」
「もしかして……尼僧の仲間か!」
「おほほほほ、そういえばああた達が退けたざますね。そう、尼僧も悪魔教四天王の1人。第四番席……言わばあてくしの後輩に当たるざます」
「ギャォォォン! ギャォォォン!」
「それにしても……ぷっ! 見事に呟憤怒女化してくれたざます。ぎゃはははは!」
「この子達に何をした!」
激昂するシリウス。
それをあざ笑うかのように隊員達の姿を見て笑い転げる金鶴。
彼は答えるつもりは無く笑いを堪え。
「呟憤怒女達よ、その者らも同じ闇に堕とすざます」
「「!!! ギャォォォン! ギャォォォン!」」
金鶴の一声に呼応するかのように隊員達がシリウス達に襲いかかる。
ガッ!
「みんな、止めるでござる!」
「ギャォォォン! 日本のオスは太古の時代から全員チー牛! ギャォォォン!」
「わぁぁぁん! アンセル! もとに戻ってよぉぉぉ!」
「ギャォォォン! 浮世絵に描かれている女性がくねくねし過ぎている! ギャォォォン!」
意味不明な言葉を吐き散らし襲い来る隊員達にシリウス達は攻撃をするわけにはいかなかった。
誰一人と失うことなくコンコンへ向かう。
その決意は固くシリウス達は防御を固め声をかけ続けるのみであった。