表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テンプレ勇者にあこがれて  作者: 昼神誠
結社崩壊編Ⅰ
145/263

謀反にて(其の陸)

 スピカは必要以上に距離を取るレグルスとの間を詰めるように接近する。

 だが、レグルスは攻撃を仕掛ける訳でもなくスピカから距離を取る。

 それが何度も続いている内に鴨川の河川敷にまでやって来てしまった。


(この季節、川の水は冷たいですが仕方がありませんわ!)


 レグルスは着衣のまま川に飛び込み深くへと潜る。

 スピカは怒り任せに鴨川に向かって叫ぶ。


「悪魔ァァァ、逃げるなァァァ! 体臭から逃げるなァァァ!」


 水中にまで響き渡るスピカの怒号。

 レグルスは必死で身体中を手で擦る。

 だが、着衣のままでは身体が上手く洗えない。


(妾の体臭がそんなに酷いものだったなんて……スピカが妾を屋敷に入れなかった理由が今わかりましたわ。不潔な状態で神聖なる春夏秋冬邸の床を踏ませるわけにはいかない。だったら、ここで徹底的に身体を洗ってやりますわ!)


 水中で着物を脱ぎ始めるレグルス。

 当然ながら脱いだ服は川の流れによって流されていく。

 だが、公衆の面前で流石に裸体というわけにはいかない。

 下着だけは身につけたまま川底で全身を洗う。

 

「スピカ!」


 後からやってきた比奈乃と新人隊員達がスピカに駆け寄る。


「比奈乃様! 悪魔がまだ近くに居るかもしれません。ここは危険です。何故、来られたのですか!?」


 比奈乃は周囲を見渡し、レグルスの姿が無いことに気付くとすぐさま両腕を組み脳をフル回転させる。

 彼女がどのような展開で次なる行動を起こすか予測し、それに相応しい行動をこちら側も起こす必要がある。

 それこそがごっこ遊びの真髄であるためだ。


「レグルスの身体を乗っ取った悪魔は何処へ?」


「逃げられました。川に飛び込み約四半刻(30分)……そのまま上がってこないことから泳いで逃げたのかと」


「彼女は被り笠を絶対に手放さなかった。悪魔の弱点が太陽の光という設定だから……こほん!」


「へ、なんと?」


「と、兎に角! 悪魔は日が暮れるまで川底で身を潜ませるつもりだわ。何とかしないと……」


「川底から動いていないと?」


「ええ、確実にね。でも、人間は水中で大きく活動が制限される。下手に水の中まで追うと溺れ死ぬ危険性があるわ」


「確かに……くっ、あの辺りに居ることは分かっているのに!」


 スピカと新人隊員達は歯を食いしばり悔しがる様相を見せる。

 

(ふふっ、みんな本当に演技が上手ね。さて、レグルスもそろそろ息が持たないはず。亡くなった設定になっている者が呼吸をしているなんておかしいことだし、レグルスの考える展開は手に取るように分かる。きっと、誰かにこう言わせたいのだろう。レグルス、レグルス……貴女なの? 生きて……いてくれたのねって! きゃ―――、なんて涙ぐましい展開! そして尊い! これは見逃せない展開ね)


 でへっでへっでへへへ……


 比奈乃は完全に表情が緩んでいたが自覚は無い。

 その笑みを見ていた新人隊員達は全員揃って同じ思考に至った。


(比奈乃様が余裕の笑みを?)


(なるほど、そういうことですか。比奈乃様!)


(比奈乃様の戦闘力は未知数。きっと、自分なら悪魔を祓える自身があるのですね!?)


「「比奈乃様なら悪魔を祓えるのですね!? 無力な私達にその勇ましいお姿をお見せ下さい!」」


「えっ?」


 新人隊員達が目を輝かせ比奈乃に願い出る。

 突然の行動に唖然とする比奈乃。

 幼少期から一緒に育ってきたスピカと違い、新人隊員達は比奈乃が星々の庭園古参勢の中では大したことのないことを知らない。

 超実力主義である星々の庭園内でスピカやデネボラ達が比奈乃を慕うのは、単に美心の血族であり一緒にトレーニングをした仲であるためである。


「お前達、比奈乃様に悪魔と戦えというのか!?」


「そうです! 比奈乃様は先程、笑っておられました。それは自分なら余裕で倒せるという自信の現れではないのですか!?」


 新人隊員の言葉に驚愕するスピカ。


「比奈乃様が……笑って……」


「ふっ……」


(ちょっとぉぉぉ! この展開は想定外よ! 私は貴女達がレグルスを抱き締め涙する姿が見たいのぉぉぉ! スピカ、何とかしてぇぇぇ!)


 比奈乃と目を合わせると微笑みを返してくれたことでスピカは思い出した。

 数年前、初の悪魔の眷属ゾン兵衛と戦った時の恐怖を。


(そうだった。某は何故、あの時の衝撃を忘れていた? あまりの悍ましさに誰もが手も足も出せなかった化け物相手に比奈乃様だけは勇敢に戦い……いや、あれは蹂躙に等しかった。斬撃を飛ばし中距離からゾン兵衛を真っ二つにしていた……うん? 斬撃を飛ばす……そうか! 確かに比奈乃様なら川底で身を隠す悪魔を殺れる!)


 スピカは比奈乃の眼の前で平伏し懇願する。


「比奈乃様ならレグルスの遺体を操る外道を倒せるのですね。某達はここで待機し、ただ見ているだけにします! よろしくお願いします!」


「ふっ……」


 比奈乃は窮地に陥っていた。

 自分が望んだ通りに人が動かないこともまたごっこ遊びの楽しいところだが今回はどうしても譲れなかった。

 それは大好きな星々の庭園の皆がレグルスの生を喜び、共に抱き合い泣き叫ぶ姿を見たいがため。

 比奈乃の脳内ではどうすればこの展開を変えられるか超高速で思考する。


 ドカァァァン!


「なっ!?」


「爆発!?」


「何処で!?」


「あの方向は……屋敷のある方向です!」


 隊員達の言葉で比奈乃は閃く。


「やられたわ。まさか……屋敷が襲撃されるなんて!」


「ええっ!?」


「どういうことですか!? 比奈乃様!」


「レグルスの遺体から離れた悪魔の仕業よ。今、川底に沈むのはレグルスの亡骸……」


 屋敷が爆散したことなど知らない比奈乃は何よりもレグルスが生きており皆で涙するシーンを優先する。


「「な、な、な、なんだってぇぇぇ!」」


「デネボラさんが危ない!」


「悪魔の眷属にされたカノープスさんまで解放されたら……」


「「ムジカさん1人では絶対に勝てない!!!」」


「悪魔ァァァ! 絶対に絶対に許さんぞぉぉぉ!」


 スピカと新人隊員達はレグルスのことなどそっちのけで屋敷へと戻ってしまった。


 バシャ


「ふぅ、さっぱりしましたわ。お待たせしましたわね、スピカって……あら?」


「レグルスぅぅぅ」


 河川敷にポツリと立ち尽くし涙を流す比奈乃にレグルスは困惑しただけであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ