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テンプレ勇者にあこがれて  作者: 昼神誠
結社崩壊編Ⅰ
141/263

謀反にて(其の弐)

 トンッ


 春夏秋冬邸の周囲を囲む豪華絢爛な壁上にスピカが立つ。


「悪魔! レグルスの遺体とカノープスを返せ!」


「スピカ? えっと……何故怒っているのか分からないけれど早く門扉を開けて。カノープスが危険ですの」


 ボロボロになっているカノープスの姿を見てスピカは更に激昂する。


「貴様ぁ、カノープスに何をしたぁぁぁ!」


「妾ではありませんわ! 悪魔の仕業ですの! 突然、謎の男に……」


 死したレグルスの声真似で話しかける悪魔にスピカは限界を迎える。


「この後に及んで……悪魔、貴様の狙いは分かっている! デネボラは渡さんぞ!」


 レグルスは今の状況を冷静に分析する。


(デネボラの治癒術が必要なことは理解しておりますのね。ま、カノープスの現状を見れば隊員なら誰でも気付きますわ。それにしても、虫の居所が悪いからって妾に当たるなんて……まったくスピカの癇癪には困ったものですわ)


 そして、いつにも増してスピカの機嫌が悪いと勘繰りカノープスを門の前に寝かせ置く。


「何のつもりだ?」


「カノープスをデネボラの下に。早く彼女を治療してやってくださいまし」


「なっ!?」


 スピカはレグルスの予想外な行動に困惑する。

 いつもの仲間を思いやる心優しいレグルスにしか思えなかった。

 だが、髪と瞳の色が異なることから悪魔に身体を乗っ取られているという比奈乃の設定を信じられずにはいられなかった。


「ムジカ、カノープスをデネボラの下に」


「はいなの!」


 ムジカがカノープスを抱き上げると、すぐさま壁上へ飛び上がりレグルスを睨みつける。


「カノちゃんをこんな姿にするなんて……ムジカ、許さないの!」


 言葉を言い放った後、屋敷の中へ消えていった。

 いつも穏やかだったムジカの変わった態度にレグルスは不信感を抱く。


(一体、何が起こっておりますの? 妾が皆から恨まれるようなことなどした覚えは……もしかして!?)


 レグルスは身に覚えがあった。

 それは3年前、美心が草津温泉のお土産で買ってきた温泉まんじゅうに端を発する。

 レグルスは美心から温泉まんじゅうを受け取ると、あまりにも美味しそうな香りに耐えられず総数を数えることなく3つ食べてしまった。

 その時は他に誰もおらず何も起きなかったのだが、隊員が任務から戻るに連れ1つ2つと温泉まんじゅうが消えていく。


『にゃっ、温泉まんじゅうにゃ。最後の1つ、頂きだにゃ』


『なっ!?』


『マ!?』


『カノちゃん、残りが1つだけならじゃんけんして決めるべきなの』


 結果、カノープスと同じ任務に着いていたスピカとデネボラ、それにムジカはお土産の温泉まんじゅうを食べることが出来なかった。

 そのことを知ったレグルスは黙秘し続けた。

 自身が多く食べたことを知られなければ、美心が購入の際に数え間違えたのだと3人は思ってくれるだろうと。

 結果、3人はありつけなかった温泉まんじゅうに残念な表情をするだけで、その後は何も起こらなかった。


「……まさか、あの時の出来事を知ってしまった?」


「あの時だと?」


「ええ、そうです。妾がうっかり多く食べてしまったことは認めますわ。だから……」


 スピカは想像する。

 何を多く食べたのか……悪魔が食べるのは人間。

 そして、ここは日本。

 悪魔の大好物である日本人少女を大量に食べたのだとスピカの脳内では決断が下る。


(某に今まで多くの少女を食ったことを話すとは……それで臆する某とでも思っているのか! レグルスの姿で悪魔の所業を口にさせるとは死者を愚弄するにも程があるぞ!)


「悪魔ぁぁぁ、貴様は某が……滅する!」


 スピカは怒りを抑えきれずレグルスに斬りかかった。

 

「ちょっと、お待ちなさいって!」


 キンッ!


 咄嗟のスピカの攻撃だったが、覚醒したレグルスにはすべての動作が遅く見えた。

 鋼糸を手に取りスピカを拘束することなど造作もない。


「なっ、馬鹿な!」


「お待ちなさいって言っているでしょう。いくら何でも食べ物の恨みとしてはやり過ぎですわ」


(人間を食べておいて、それを恨むなだと……優しいレグルスの姿で悪魔の言動。もう我慢ならぬ!)


「うぬわぁぁぁ!」


 スピカはレグルスの声で話す悪魔が目の前に居ることに耐えられない気持ちになり全力で鋼糸を引き千切ろうと試みる。

 

(某が訓練でレグルスに負けたことなど今まで一度もない。この程度なら!)


 ビシビシビシ!


「ちょっと、スピカ! 肉が千切れてしまいますわよ!」


 だが、覚醒したレグルスの全ステータスはスピカを上回っていた。

 結果、鋼糸は切れることなく逆にスピカの肉が裂け血が吹き出してくる。


「く、くそう!? 何故だ!?」


「お馬鹿! 貴女、なんてことを!」


 シュル……


 スピカの予想外の行動に鋼糸を緩め手元に戻すレグルス。


「うっ……くっ……」


 スピカは大粒の涙を流していた。

 悪魔が遺体に乗り移ったとしても眼の前に立つ姿はレグルスそのもの。

 旧知の仲の姿をしていることで無意識に手加減をしていたのだと彼女は思い込む。

 そして、その思いは決して変わることなく、本気でレグルスに攻撃を仕掛けることが出来ない自分の心の弱さを悔いていた。


「スピカ、落ち着きまして? ほら、屋敷に戻って傷を……」


 スピカの手を取り肩を貸すレグルス。

 その優しさはいつものレグルスであり、彼女が悪魔となったと言った比奈乃の間違いでは無かったのかと疑い始めるスピカ。

 だが、初めての経験に比奈乃が間違っていなかったことを証明することになる。

 それは彼女がレグルスの身体に密着した瞬間のこと。


「うっ、くさっ!」


 1週間、身体を洗えていないレグルスの体臭。

 星々の庭園の隊員は皆、綺麗好きである。

 風呂好きな美心の影響もあってか、毎日の入浴を欠かしたことなど無い。

 そのため、何日も風呂に入っていない時の体臭など誰も知ることなど無かった。

 

「失礼ですわよ、スピカ! 妾だってうら若き乙女ですのに……」


 レグルスは顔を真っ赤にしてスピカから離れる。

 人間の大事な五感の1つ、嗅覚は視覚より過ちを招きにくい。

 だが、経験のないことを目の前にすると多くの人は脳内で勝手に補完されてしまう。

 スピカもそれに応じるかの如く脳内補完の結果、彼女は冷静さを取り戻す。


(こ、こんなに酷い臭いは今まで嗅いだことが無い! そ、そうか! 悪魔が憑いているレグルスの遺体はすでに何日も経って腐敗臭を……そうだ、レグルスはすでに死んでいる。この酷い臭いで某は貴様を斬ることができそうだ。ありがとう、レグルス)


 キンッ!


 再び2人の勘違いバトルが始まる。

 一方、その頃デネボラの下に連れて行かれたカノープスは……。

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