覚醒にて(其の弐)
謎の男性が口を開く。
「くっくっくっ、まさか再び理威狩ラインを超える者が現れるとは……早急に処理しなくてはならないねぇ」
明らかにこちらに敵意を向けていることを察する2人。
レグルスは彼に問いかけた。
「貴方、何者ですの!?」
「圧倒的な理威狩アウトだよ、それは」
「えっ? り……がる?」
聞き覚えのない言葉に頭を惑わせるレグルス。
カノープスはその男の並ならぬ力を感じたのか萎縮し、レグルスの背後にそっと隠れている。
「レグルス、こいつはヤバいにゃ。早くここから逃げるにゃ」
レグルスの背後から小さく声をかけるカノープス。
「くくく、逃げるか? それはランアウェイハラスメント……理威狩に反する。イヴィルハラスメントにランアウェイハラスメントまで……理威狩アウトを明らかに犯し過ぎている。以上の点において理威狩に従い貴様らを理威狩する!」
「だからぁ! りぃがるって何ですの―――!?」
意味の分からない言葉を連呼されると話の内容が全く追いつけない。
レグルスは声を荒らげて男に聞く。
「くくく、ビッグボイスハラスメント……何度、理威狩に反するつもりだ? 貴様」
(くっ、この男……話が通じない!? まさか、あの残念な集団悪魔教徒と同じ!?)
レグルスは身に沁みて理解している。
話が通じない暴力的な相手にはどのように相対すれば良いのかを。
「レグルス、やめるにゃ! そいつは……にゃっ!?」
ドゴッ!
一瞬の出来事だった。
眼の前に居たはずの男はカノープスの頭部を掴み地面に叩きつけていた。
「にゃあにゃあ五月蝿いぞ。キャットハラスメント……理威狩アウトだ」
「カノ―……プス? えっ……」
カノープスは顔面が地にめり込み、ピクリとも動かない。
その姿を見てレグルスは激昂した。
「貴様ぁぁぁ!」
「くくく、イヴィル化しただけのことはある。度し難きパゥワ―! それこそ真のパワハラ! もはや恐れることが無いほどの理威狩アウトだ!」
「意味が分かりませんって言っているんですのぉぉぉ!」
レグルスは着物の帯に隠し持っていた鋼糸を自在に操り謎の男に攻撃をかける。
「くくく、无駄亞悪する気になったようだな」
「だから、意味の分かる言葉で話しなさいまし!」
男の首に鋼糸が絡まり一気に力を込めるが肉が切り裂かれない。
「くっ、この男……単なる筋肉達磨では無い!? かなり鍛えていなければ、今の一撃で首をはねられたはずですのに……」
「无駄亞悪はもう終わりか? なら、こちらも理威狩させてもらうぞ」
レグルスは男の攻撃をすべて間一髪で躱していく。
カノープスが見切れなかった素早さの体術、本来ならレグルスでも見切ることなど出来はしない。
(何故ですの? 男の次の動作が何となく読める……でも、避けるので精一杯。感覚だけが研ぎ澄まされ、身体が追い付いていないのが原因?)
レグルスは自身の身体の変化にまだ気付いていない。
そして、急速な変化は身体に悪影響も及ぼす。
(避けるのも辛くなってきましたわ。身体の疲労が激しい……ここは一旦距離を取って)
目視し辛い鋼糸を蜘蛛の巣のように男の周囲に張っていく。
「くくっ、何か仕掛けたな? だが……甘い!」
ゴッ!
「ごふっ……」
男は鋼糸で自身の右腕が切り裂かれつつも衰えることのないストレートを放つ。
その攻撃に直撃したレグルスは大量の血を吐き出し吹き飛ばされてしまう。
(がはっ! 内蔵をやられた!? くっ……何ですの何ですの何ですの!? 妾は何者か分からぬ相手に負け殺される!?)
「まだ身体が馴染んでいないようだな。だが、イヴィルハラスメントはこの世で最大の理威狩アウト……貴様は理威狩で滅する!」
レグルスに止めの一撃を与えるため男は左腕を大きく振り下ろす。
(お義母様……)
天井が抜けた場所から明るい昼間の光がレグルスを照らす。
日光が強いためか、焼けるように皮膚が熱く感じる。
だが、五臓六腑の激しい痛みはいつの間にか消え吐血も治まっていた。
(男の拳が妾のどこに当たるか……読める!? 頭部……今ですわ!)
ズガァァァン!
レグルスは間一髪、男の攻撃を躱すことができた。
「ぐっ……はぁはぁはぁ。やはり、こんなところで死ねませんわ!」
男を睨みつけるレグルス。
サングラスが強い日光に当たり、うっすらと男の瞳が見える。
(赤い瞳!? お義母様と同じ色に同じ瞳孔……お義母様以外に初めて見ましたわ。でも、瞳の奥は凄く淀んで……彼の心は邪悪に染まっている?)
「くくく、超速再生で先程のダメージは消えていたか。やはり、貴様の存在は危険だ。この世で規格外の力を持つのはミストレスただ1人のみでなければならない!」
「ミストレス?」
レグルスは聞き覚えのある言葉を思い出そうとする。
「ここにさっき何か降ってきたよな?」
「中に誰か居るみたいやが……どうする?」
外が騒がしい。
御池通りは京都内でも絹問屋や鍛冶職人が集まる活気のある通りである。
今までの戦闘で誰も近付かなかったことが不思議なほどだ。
「お宝なら俺たちが横取りすればええ! 入るで!」
ダンッ
倉庫の扉を蹴り破り、町人が2人入ってきた。
パンパンッ
「きゃぁぁぁ!」
「なんでぇい!?」
倉庫に入った瞬間、町人の首が吹き飛ぶ。
「くくく、ヌーブハラスメントだが邪魔な者は始末するに限る」
「あ、貴方! 無関係の人を!」
一部始終を目撃していた町人が悲鳴を挙げ、更に人が集まってきてしまう。
「おやおや、観衆が更に増えてしまったようだ。俺としたことがアテンションハラスメントまで犯してしまうとは……」
自身の理威狩違反には何も罰を設けない男は再び体術の構えを取り、扉に集まる人々の方を向く。
ニヤッ
「貴方達、お逃げなさい!」
「無駄だ」
レグルスは町人に危険を知らせつつ動き皆を守ろうと男の前に出る。
だが、男が繰り出す攻撃のほうが圧倒的に早い。
パパパパパンッ!
周辺が沈黙する。
男の無慈悲な攻撃で倉庫に近付いた町人が全滅したのだろうか。
レグルスは男から視線を離すことは危険だと察し、背後に振り向かなかった。
だが、この不気味な静けさがすべてを物語っている。
レグルスの男を睨む目付きが鋭くなる。
「無関係な人を次々とぉ!」
「くくく、その赤い瞳……憎きジャップ・ザ・リッパーを思い出す」