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テンプレ勇者にあこがれて  作者: 昼神誠
結社崩壊編Ⅰ
134/263

誤解にて(其の弐)

 京都奉行所の1つ、東町奉行所の地下に存在する怪しげな牢獄。

 陰陽術で編まれた格子状の牢獄はまるで猛獣のような極悪人を囚えておくための特殊な檻である。

 強力な電気柵のように触れるだけで全身が焼け焦げてしまうほどの威力を誇る。

 レグルスはその檻に閉じ込められ8日が過ぎた。

 食事を看守が持ってくることなく空腹状態が続く。

 

(はぁはぁはぁ……奉行所ともあろう役所が牢屋に囚えた囚人の存在を忘れるはずがない。もしかして、妾をここに放置して飢え殺しにさせるおつもりですの? 悪魔教と関連がある以上、そうあっても何も違和感はありませんわね。乾きだけは天井から垂れ落ちてくる地下水を口にすることで何とかなるけれど……これ以上ここに居ると飢えでいずれ身体が動かなくなる。くっ、どうして妾がこんなことに……)


 悪魔の眷属である狂信者達に言葉で示し、どうすれば更生させることができるのか考え抜いたが答えの見つからない状態が続き、さらに飢えで思考が纏まらない。

 残念な性格の悪魔教徒と言論で戦う決心をし、悪魔教徒を奉行所に引き渡したことを深く後悔するレグルス。


(悪魔教信者に言葉は不要……というか無意味。奴らは自分にとって都合の良いことしか聞き入れず、自分と異なる考えの者や逆らう者は有無を言わさず暴力的行動に出る。まるで赤ん坊のイヤイヤ期のよう……大人として残念すぎる! しかし、深く理解する以前に奴らの同情を買ってしまった妾も同罪ですわね)


 物音が一切しない空間でただ時間だけが過ぎる。

 自分のお腹の音だけが鳴り響き、自身が飢餓状態に陥りつつあることを否応なく意識させる。

 最早、レグルスは限界に達していた。

 何故か襲いくる眠気も意識を失う前の前兆なのであろう。

 ここに留まる意味を見出だせないレグルスは脱獄することを決心する。


(お義母様が今は耐えろと仰っていたとカノープスから聞いたけれど、これ以上は妾の命が持ちませんわ。この陰陽術製牢獄を破るのは妾の力では無理……どうやって逃れるか考えませんと……)


 チリンチリン


 鈴の音が天井から聞こえる。

 レグルスが見上げると天井裏から顔を覗かせる猫の姿に化けたカノープスが居た。

 

「カノープス? もしかして、お義母様が……」


「レグルスぅぅぅ」


 レグルスの胸に飛び込むカノープス。

 何故か彼女は身体を震わせている。

 レグルスはそれが恐怖から来る身震いだと理解する。

 

「どうしたんですの? 貴女がそんなに恐れているなんて……」


「今回の……今回のレグルスの投獄は全部、比奈乃様の仕業だったんだにゃ! 星々の庭園の皆にはレグルスが亡くなったと知らせ、皆の純粋な心を弄んでいるにゃ!」


「えっ? 比奈乃様が……」


 レグルスは戸惑った。

 何故、比奈乃の名前が出てくるのか。

 さらに自分が死んだことにされていることが不思議で堪らなかった。


(分からない……比奈乃様がどうして? 佛問ら悪魔教徒を捕らえたことと比奈乃様には何ら関わりがない。あの日の夜、比奈乃様が自室で休んでいたことは把握済み……妾がお義母様とパパ渇に出かけたことなど比奈乃様は知らないはず)


「レグルス、すぐに戻るにゃ。皆に生きていることを知らせ比奈乃様の魔の手から皆を解放するにゃ」


 何が何だか分からないレグルスだったが、今この瞬間を逃してはいけないことだけは理解できた。

 カノープスが侵入してきた天井裏から匍匐前進で脱獄に成功する。

 出てきたのは奉行所の軒下、頭上では役人の話し声が聞こえる。


「喪不子与力、地下の特別区に投獄中の女ですがまだ食ってはいけないので?」


「いけません。佛問から連絡が来るまで手出しすることは禁止と言いましたよね?」


「ですが、あの女そろそろ限界ですぜ? 飢えて死ぬ前に一発やりたいんでやすが。中々の上玉……げへへ、俺の火縄銃が疼くぜぇ」


「確かに……死んでしまっては元も子もないですね。ふむ……では、太巻きを奴に渡しなさい。躊躇いなく食べられるのならねぇよ男性確定です。嗚咽を吐き食せないようならまだ改心の余地ありと見なし手出し厳禁……良いですね?」


「では、寿司屋に極上の太巻きを注文しやっせ。ついでに昼食も頼んでしやいやす。喪不子与力は何を食べやす?」


「では、私は太巻きを……ああ、並で良いです。糖質制限中なので」


(上に居るのは妾に冤罪を着せた与力と岡っ引きですわね。やはり、悪魔教と繋がっていた……くっ、幕府の役人ともあろう者が! それにしても自身は臆することなく太巻きを食べますのね? 見た目が男根だから卑猥みたいなことを他人には言っておきながら……やはり、悪魔教徒には言葉など意味を成さないことがこれでハッキリしましたわ)


 軒下から外に出ると安堵したのか急速に足元がおぼつく。

 1週間も食事を取っていない状態で急激に動いたことで身体に悪影響が現れたのである。


「レグルス、どうしたんだにゃ!」


「ま……待って。力が入らな……い」


 ドサッ


 レグルスは奉行所から出たところで倒れてしまう。

 日中のこの時間、人並みも多く奉行所の近くであるにも関わらず役人達は気付かない。


「レグルス!? にゃぁ、こんにゃ時に!」


 体格の小さいカノープスがおんぶをし何とか御池通りまで来れた2人。

 奉行所の方向からサイレンが鳴っている。

 レグルスの脱獄がバレたためであろうか、カノープスには分からない。

 だが、それほど東町奉行所から離れていない以上見つかるかもしれない。


「お、重いにゃ……レグルス、しっかりするにゃ」


 レグルスの意識は完全に無くなっている。

 呼吸も小さく、もはや虫の息であった。


(レグルスが本当に死んでしまうにゃ……にゃんとかしにゃいと!)


 カノープスはスニーキング技術が突出しているだけで、それ以外は星々の庭園では並以下である。

 彼女は考えた。

 ……考え抜いた結果が思わぬ方向に向かってしまう。

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