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テンプレ勇者にあこがれて  作者: 昼神誠
結社崩壊編Ⅰ
112/263

名もなき村にて

(マスター……お義母様のおかげで今も拙は生きている。あの頃、飢えて死にかけているところに現れたお義母様はまるで天女のようだった)


 カペラが3歳の頃……。

 彼女は東北の山奥深く、名もなき村で生を受けた。

 先祖は関ケ原の合戦時に落ち武者となった武士が妻を連れ、隠れ住んだことが村の始まりである。

 カペラの本名は麗。

 村の中で最も麗しい人に育つよう実父が名付けた。

 麗が生まれた年には、すでに村の人数は24人にまで増えていた。


「今日も食い物が少ないのぅ」


「おとっちゃ、おかっちゃ、拙お腹空いた」


「わがまま言うんじゃありませんよ。みんなが同じ思いをしているのだから我慢しなさい」


 名もなき村は土地も悪く作物もよく育たない。

 本来なら別の土地に移動し暮らそうと考えるがこの村の者は違う。

 江戸時代に入ってからも誰も村を出て行くことはなかった。

 それは先祖の書いた最後の日記に原因がある。


「ねぇ、本当に人類は滅亡したのかしら?」


「ご先祖さまの言うことを疑うってぇのかい? ここから外の世界に出ても何もない。以前、翔太郎の奴が皆の忠告を無視し村を離れ、そのまま帰ってこなかっただろ? 奴は死んじまったんだ。外の世界に出ると死ぬ……だから、誰も村から離れようとしないんだ」


 先祖の武士は落ち武者となったことを恥じており、子孫に知られるわけにはいかなかった。

 そのため彼が書いた日記はそのほとんどが創作物であり、事実となるのはこの村の周辺の地形だけ。

 やがて年月が経ち、村も少しずつ人数を増やしていく。

 武士の子孫である村の者はこの日記をご先祖様の残した大切な遺言として忠実に守り続けている。

 だが、人数が増えると皆と異なる考えを持つ者も現れる。


「おとっちゃ、翔太郎兄ちゃは外の世界で暮らしているってことは無いの?」


 麗もその中の1人だった。

 人類が滅んだことが例え事実でも、土壌の質は人類滅亡とは関係ないかもしれない。

 質の良い土壌で作物を育てたほうが収穫量は増えるのでは?

 ……3歳の彼女でも答えの出ることを村の者は考えもしなかった。

 

「麗、おめぇも馬鹿言ってないで早く食って水汲んでこい!!」


「はい……おとっちゃ、ごめんなさい」


 この村に外からの来訪者がやって来たことはない。

 来たくても来れないほどの秘境であったためである。

 そして、このような村で恐るべきことと言えば飢饉である。

 ただでさえ収穫量が少ない村の作物が全く育たない年にそれは起こった。

 明治31年、麗が3歳を迎えた秋。


「誰か、食い物を……食い物をくれぇ」


「れ……い……ごめ……」


 まず、飢え死にしたのは麗の母だった。

 今にも死にそうで意識が朦朧とする中でも麗はそれを悲しんだ。

 だが、父親と村の者は違った。


「死んだ?」


「死んだよね?」


「食っていいのか?」


「ぐっ……腹には勝てん。うちの妻を皆が生きるための糧としてくれ」


 屍を貪るように食う村人達。

 だが、時間が経てば再び腹は減る。


「すまぬ……儂も……もう……」


「おとっちゃ! おとっちゃ! 死んじゃ嫌!」


「すま……んな……」


 父親も母の後を追うように14日後に飢え息を引き取ってしまう。

 村の者も麗を含め残り3人。

 屍はすでに3人の腹の中にあり人骨だけが周囲に残る。

 そして、1週間……2週間……季節は冬へと変わり1人がこの世を去る。

 残るは麗と村人1人。

 最後の村人と麗は寒さで凍え、2人で身体を温めあったが翌朝には村人が凍死していた。

 麗は2人の屍の肉だけで食いつなぎ冬を越した。

 だが、残酷にも腹は減る。

 麗は村を出ることを決心するも山を超えるほどの体力は残っていない。


「拙も……もう……終わりなのかな?」


 地面に倒れたまま動かない身体。

 意識が徐々に薄れていく。


 ざっざっざっ


 獣道をかき分け村の中にやって来る外部の人間。


「くそっ、こんなところに村があったなんて……」


「美心様、この子まだ息があるようです!」


「見せろ」


 突如として現れたのは男女の旅人であった。

 

「だ……れ?」


「もう大丈夫だ」


 その女性はこの近くに秘湯があることを聞きやってきただけに過ぎなかった。

 彼女は名前を名乗り、どうして欲しいか麗に尋ねる。


「拙……拙は……たくない……死にたくない!」


 赤い瞳が印象的な美心は陰陽術を麗にかけ一命を取り留める。

 陰陽術を知らない麗には彼女が天女に見えた。


(天女様……天女様は本当に居たんだ)


「さて、回復術をかけても腹は減っているだろう。おむすびだ。遠慮せず食え」


 麗は美心から手渡された爆弾おにぎりを美味しく頬張る。

 米を知らなかった麗は涙を流す。

 そして、自分の考えは間違っていなかったことを悟った。

 

(やっぱり、こんな土地じゃ良い作物は育たなくて当然なんだ) 

 

「美味いか?」


「は、はい! 美味しすぎて……その……美味しいです!」


「ふふっ、それは良かった。さて、坊主。お前はこれからどうするつもりだ?」


「拙は……」


 麗は白骨化した村人の亡骸を見る。


「なるほどな……墓は俺が建ててやる。少し待ってろ」


 美心は陰陽術で巨大な穴を掘り、そこに従者とともに亡骸を埋葬した。

 美心と一緒に墓に向かって手を合わせる麗。


「みんな……みんな……死んじゃった……」


「お前は生きている。お前のすべきことは皆の分まで生きることだ」


「拙にできるかな?」


「生きる力が欲しいなら俺の下へ来い。お前を鍛えてやる。他にも似たような境遇の子が居るし、共に研鑽していけるだろう」


 麗は決心し美心に頭を下げる。

 

「よし、お前の名前はこれからカペラだ。不幸な時代の思い出と共に名前もここへ置いていけ」


「カペラ……拙はカペラ……はいっ、天女様!」


 その後、カペラを連れ小旅行を楽しんだ美心は春夏秋冬邸へと帰宅した。

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