寺屋敷にて(其の伍)
夜中、0時を過ぎた頃。
カペラは隣で眠っているベガを起こさないようベッドから抜け出す。
(さて、この時間なら……)
カペラは気配を消し寺の中を見て回る。
尼僧により大破した寺の面影はすでに存在しない。
皆は寺と呼ぶがカペラには寺に見えないほどの様式美を兼ね備えた造りだったことに驚きを隠せないでいた。
プロキオンとリゲルがリーダーに立ち大工仕事をしたこの寺はもはや寺ではなく一軒の屋敷に近い。
だが、大工知識も叡智の書から得た曖昧なもののため耐震性や耐火性、空気の流れなどを考慮しない造りだった。
(マスターの記した叡智の書も決して完全ではない。マスターのことだから欠けていたり曖昧な表現をしている部分は狙ってそうしていらっしゃるのは確実。恐らく、拙や隊員の皆にその点を気付かせ己の力で完成させるよう導いてくださっている。それを理解しないリゲル達は叡智の書に記している内容だけを純粋に信じ行動に移した。結果がこの屋敷だ。見てくれだけは良いが住まいとしての性能面では下の下。まだ長屋のほうが良いと思えるほど動線を無視した設計になっている)
カペラは牧場に出て屋敷に向かい陰陽術を放つ。
「これで少しは耐性が上がるでありんす。陰陽術『防』」
薄い膜のようなものが上空から降り落ち屋敷を包む。
陰陽術『防』は日本にある数多くの城で採用されている防御能力を高める術であり、その効果は耐火性・耐水性・耐食性・耐震性など様々である。
その後、屋敷の周囲を一周した後、次は壁に向かう。
(この壁……奇妙な感覚があったから何かと思えば、妙な術が施されていたようだ。一度、破壊された後シリウス達が作り直した時に無効化されているようだけれど……なるほど、ここに捕らえた少女達が逃げ出せないようにするための術か。これはすでに用など無いし放置していても問題ない。代わりにこの壁にも『防』を使っておくか)
再び薄い膜で壁を覆う。
牧場の周辺を囲う壁すべてに術をかけることに小一時間ほどかかってしまった。
「ふぅ……これで侵入者も迂闊にここを攻撃できない。あの襲撃は本当に突然だったし同じ轍を踏まないためにも事前準備は完璧にしておくでありんす」
牧場から屋敷に戻る途中、上空を見ると空一面に広がる無数の星々。
カペラは少し立ち止まり星を眺めていた。
ヒュゥゥゥ
ブルッ
(少し身体が冷えてしまったか? そうだ……)
小走りで自室に向かうカペラ。
用意したのは着替えの下着とタオル。
(今日は運動量が多く多量の汗をかいたのにお風呂に浸る時間がなかった。誰かと入るのは苦手だし、寄宿舎でも拙はいつも1人最後に入っていた。やはり1日の終わりは誰も居ない湯船でリフレッシュすることが至高の一時でありんす)
浴場へと行くと内湯と露天風呂があり、シリウス達のお風呂に対するこだわりが感じられた。
(ふふっ、やはり皆もお義母様の娘なだけあってお風呂が好きでありんすね。でも、お湯が冷めてしまっている)
陰陽術で冷めた浴槽の湯を温めるカペラ。
そして、身体を洗い湯船に浸かる。
「ゔぁぁぁぁ……ふぅぅぅぇぇぇ……」
おじさんのような声を上げ湯に浸るカペラ。
露天風呂で再び満天に広がる星を眺めリラックスする。
すでに夜中の2時を過ぎていたその時。
「……カペラ?」
ビクッ!
背後から突然の声に驚くカペラ。
タオルで身体をさっと隠し後ろへ振り向くと、シリウスが脱衣所から入ってきていた。
初めて見るシリウスの裸体に思わず目を背け小声で話すカペラ。
「シリウス……こんな時間に?」
「ええ、身体が少し冷えてしまって……誰かお風呂を沸かし入っているみたいだったから……」
「そうだったでありんすか。では、拙はもう上がるでありんす」
「ふふっ、少しお話しない? 5年間、カペラが何をしていたのか聞きたいわ」
「うっ……」
カペラは困惑しつつも再び湯に浸かりシリウスと話をする。
ただ、身体を見られぬよう後ろを向きながら……。
(マズい、マズい、マズい、マズい! 拙にとって最大のピンチ! シリウスはもう屈していたんだ!)
カペラには美心以外に知られてはならないことが数多くある。
その中でも今回の秘密は特に重視されることであった。
「ねぇ、カペラ? カペ……えいっ!」
背後から飛び付くシリウス。
背中に当たるシリウスの胸の感触で顔が真っ赤になる。
「カペラ、さっきからこっちを見てくれないのは何故? もしかして、私のこと嫌い?」
「そんなことないでありんす! 拙にとってシリウスは大事な仲間でありんすえ! でも、シリウス……その……そろそろ離れて欲しいでありんす。胸が……その……当たって……」
恥じらいを隠せないカペラを愛おしく感じ、少し意地悪をするシリウス。
背中に強く胸を当て耳元で囁く。
「カペラってこんな表情もするのね? ねぇ、今までどんなことをしていたのか聞かせてよ……」
カペラの背中から足にかけて肌を擦るようにゆっくりと動かすシリウス。
カペラの反応が可愛いためイタズラがエスカレートしていることに彼女は気付かない。
「ひ……し、シリウス……やめるでありんす」
「あはっ、可愛い。カペラのそんな表情見るの久しぶりね」
そして、シリウスの手がカペラの下腹部に伸びた時、奇妙な感覚を得る。
「あら、何かしらこれ?」
「!!! 拙、もう上がるでありんす!」
湯船から飛び出し脱衣所に走り向かうカペラ。
着替えを持ち濡れた身体のまま自室へ走り去っていった。
「少しイタズラが過ぎたかしら? 明日にでも謝ろう」
自室で濡れた身体を拭くカペラ。
窓に反射し映る自分の姿を見つめ、ため息をつく。
(マスター……シリウスはついに拙の敵になったかも知れないでありんす)