寺屋敷にて(其の肆)
ポンポン
リゲルの背後から肩を叩く誰か。
振り返るとそこには微笑みを返すカペラだった。
「カペラ……その……どうしたんだい?」
「リゲルとお話がしたくて呼び止めたでありんす」
先程までカペラの事を考えていてのこのタイミングにリゲルは疑問を抱きつつ、立ち話もなんだろうと自室に招く。
「適当に座って。すまないね散らかっていて」
「大丈夫でありんす……」
リゲルは散らばっている本を棚に片付けていく。
カペラに対し一時とはいえ悪感情を持ってしまった。
そのことに申し訳が立たず対面して座ることが怖かったのだ。
本を片付けながらリゲルは何の話で来たのかさりげなく聞いた。
「それで……話ってなんだい? もしかして……医学に関してかな?」
「そうでありんす」
リゲルは悟った。
まさか、ここに居る者達の風邪や体調不良時に診断した内容が適当だったことに気付かれ問い詰められるのではないかと。
だが、証拠はない。
カルテなど作っていないため治療履歴を見ることは愚か、周辺の材料からどのような薬を作り使用したのかさえカペラが知るはずも無いのだ。
「へ、へぇ……どこか気になるところが?」
「お義母様がビデオメッセージで伝えたように拙はそれなりに医学に対して知識がありんす」
その言葉でリゲルは憂虞する。
しかし、ここで言葉を返さなければ重要な役割を1つ奪われると感じた彼女は言葉を返す。
「そ、そうなんだ……カペラも頑張ったんだねぇ。僕も5年の間にかなりの知識を習得したよ」
「はい、そのようで……素晴らしいでありんす」
カペラの意外な言葉にリゲルは驚愕してしまいそうになるが踏ん張って耐え驚きを隠す。
そして、同時にリゲルは悟った。
これは罠だと。
自分を褒め油断させ絶対に話すことのない言葉を出させようとしているのだと。
「素晴……らしい……? そ、そうさ、なんたって僕が診てやったんだからね。はっはっは……ははは……はは」
必死に強がり自分の偉大さをアピールするリゲル。
カペラは微笑みながらリゲルに話しかける。
「その素晴らしい知識で隊員の皆を診察し感染症を完治させた。リゲルは昔から拙の憧れの存在でありんした。だから、その……拙を助手としてお側に置いて欲しいでありんすえ」
カペラの再び予想外な言葉にリゲルは屈し固くなっていた表情が和らぐ。
(へっ? ぼ、僕が……カペラの……憧れの存在!?)
「うへっ、うへへへ……」
(そうなんだぁ、カペラは僕を尊敬していたんだね。ふふっ、可愛い奴め)
半分ニヤけていることに気付かないリゲル。
だが、ここでも簡単に屈するわけにはいかないと強がり自ずと言葉が出てしまう。
「助手かぁ……カペラはそれでいいのかい? お義母様の言葉は絶対……僕より君が皆を診るべきだ」
(僕に助手が付くなんて最高のシチュなのにぃ! あー、バカバカ! 僕はなんてことを口走ってしまったんだ!)
自分の発した言葉に後悔してしまうリゲル。
「駄目で……ありんす……か?」
カペラはうつむいてしまい、ぽつりと言葉を溢す。
彼女の悲しそうな表情がリゲルに突き刺さる。
「い、いや……良いんだよ! 君が助手になってくれるなら僕の手も助かるしね!」
「なら、助手になっても? リゲルのお側でその腕を学んでもよろしいでありんすか?」
「ふふっ、僕の素晴らしい知識を盗めるものなら盗むといいさ。カペラ、君は今日から僕の助手だ!」
リゲルは完全にカペラに心を許した。
それはもはや屈したも同然のように……。
「では、明日からよろしくでありんす。おやすみなさい、リゲル先生」
「ふふっ、しっかりと休むがいい。カペラ、明日からは厳しい一日が待っているからね」
バタン
部屋を出て廊下を歩くカペラ。
「ふぅ、上手く丸め込めたでありんすね。マスターもまさかビデオレターであのようなことを申されるとは……あれでは拙がここで目立ってしまうところでありんした」
カペラの狙いは初めから隊員が病気にかかった際、最善な療法で治療すること。
さらに美心の言う能ある鷹は爪を隠すムーブを実行するためにも、医者として皆の注目を集めるわけにはいかない。
カペラは少しでも自分の立ち位置を下げるために動いたに過ぎないのだ。
「カペラ―――」
ベガが廊下を走りカペラに飛び付く。
「ど、どうしたでありんす?」
「えへへ、カペラと一緒に寝ようと思って。わちの部屋で一緒に寝よ~。わちがここに来て新しく出来た友達のアンセルも同室なんだぁ」
(普段は泣き虫で怖がりなイメージを他人に与える彼女だが、それは仮面を被っているだけに過ぎない。本来の彼女は人肌恋しい甘えたがり屋だ。彼女は幼少期からすでに拙を慕い心を開いている。ここで上手くやっていくには彼女の助力を得るのが得策でありんす)
同じ星々の庭園初期メンバーであるカペラはベガのことをよく理解していた。
優しく微笑み頷くカペラ。
「ふぅ、仕方がないでありんすね。拙もちょうど寝ようと思っていたところでありんす」
「やった―――」
ベガに片腕を占拠された状態で部屋に行く。
扉を開けると部屋に居るアンセルは風呂上がりなのか濡れた髪をタオルで拭いている途中であった。
「あら、これは……カペラ……さんでございますです。ようこそでございますです」
「えへへ―――、今日はカペラと一緒に寝るの」
「そうでございますですか。ベガちゃんが誰かを呼んで一緒に眠るなんて初めてでございますです。日本でも2人は仲がよろしかったでございますですか?」
「うん。カペラは優しいし何も出来ないから見ていて可愛いの」
他人から下に見られがちな態度を無意識にしてしまうベガにとって、カペラは唯一自分を上に見られる存在だった。
それは決して小馬鹿にするという理由ではなく、飼い主が愛犬を可愛がるような感覚である。
3人で少し話をし時間はすでに22時を過ぎていた。
カペラはずっと片腕をベガに占拠されたまま床に就き1日目が終わった。